「火を操る力しかないとはいっても、切り火たちも神の力を持った神仏だ。俺の元に住まわせる代わりとして、少しだけ神力を分けてもらっていた。コイツらの負担にならない程度の微量な力だけ。それにセイならきっと行く当てのない切り火たちを放っておかないだろう。自分の元に来るように誘ったはずだ。好き放題していた俺を見捨てなかったように。今まではそれでどうにか持ち堪えられた。だがここ数年で神力の回復が遅くなった。切り火たちから分けて貰う力だけでは、この姿と切り火たちが住まうこの建物を維持するので精一杯だ。力が減る一方では、セイを探すどころではない。そこでセイのおむすびを再現して、自力で神力を回復しようと決意したのだ」

 蓬の神力が回復しなくなった理由として考えられるのは、豊穣の神だった蓬を信仰する者がいなくなったことと、現在のセイの祠に神饌が奉納されなくなったことにあるらしい。
 セイの馬車事故後も、セイの一族はしばらく宮司を続けていたが、政府の命令で近隣の神社との神社合祀が行われ、セイたちが住んでいた神社は別の場所に移設された。その後、時代の流れと共に男が戦争に駆り出され、国内外での戦争が激化すると、宮司の跡を継ぐ者がいなくなった。セイの一族はそこで途絶えてしまったらしい。
 セイの一族が絶えた後、政府に派遣された別の宮司が合祀後の神社に勤めるようになったものの、後継者問題が解消されることは一向に無かった。
 移設後も本殿や建物は元の場所に残っていたが、やがて市の政策で区画整理が行われることになった。セイの神社や合祀後の神社も対象地域に入っていることを知ると、これを機に合祀後の神社を含めた近隣全ての神社を廃社とすることに決めたという。
 蓬を祀っていた神社が無くなっても、最後の宮司は蓬を信仰し、毎日神饌を奉納していた。それが数年前から途切れ、蓬に対する信仰も無くなった。この宮司の身に何かが起こったのだろう。高齢の宮司だったので、何が発生したのかは想像に難くない。

「でも蓬さんの力が回復したのって、セイさんが用意したから意味があったんじゃないんですか?」
「それがどうやらそうとも限らないらしい。セイのおにぎりは確かに神力を回復させた。だがそれは必ずしもセイが握ったからという理由ではない」
「どういうことですか?」
「作り方だ。セイが用意するおにぎりには何か特別な仕掛けが施されていたのだ。俺は記憶を頼りにセイの味を再現しようと試みた。そうしたらほんの微かではあるが手ごたえを感じたのだ」

 試しにセイのおにぎりを再現して切り火たちに与えたところ、蓬の神力がわずかに漲るのを感じた。他のあやかしにも実食させてみると、食べた相手だけではなく、蓬の神力まで回復することが判明したという。

「慣れないながらも、セイは俺のためにおむすびを作ることで、凝り固まった俺の心を解きほぐしてくれた。それなら俺にも同じことが出来るはずだ。神としての力がほとんど無い俺でも相手を想いながらおむすびを作ることで、迷う心を救う手助けができるかもしれない。そうしてこの噂を聞き付ければ、いつの日かセイはここに現れる。アイツは義理堅い男だ。『明日も来る』と約束した以上、必ず果たそうとするに違いない。たとえ、どんな姿になっていたとしても……。そう信じて、俺はこのおむすび処を始めたのだ」

 最初こそおむすび処には誰も来なかったが、セイを探す道中で切り火たちのように行き場を失い、身を寄せ合って暮らす弱いあやかしや、誰にも言えない悩みや苦しみを抱えている神の存在を知った。そういった者たちに蓬は自分が握ったおにぎりを分け与え続け、おむすび処を憩いの場として提供することを話した。蓬の言葉に誘われて迷えるあやかしや神々がおにぎり処に集まるようになると、いつしか噂を聞いた他のあやかしや神々も客として訪れるようになった。
 そうして店に訪れた者たちをセイの味を再現した塩おにぎりでもてなしつつ、情報を集め続けた。

「あやかしも神も話題性が好きだ。この店の周りに枯れることのない竹の花を咲かせたのも、店の中を人の世に似せた内装に改装したのも、全ては話題にしてもらうことで、俺の存在をセイに知らせるためだった。新しいもの好きのあやかしたちにこの店の存在を噂してもらえば、いずれセイの耳にも届く。そうしたらアイツはここに来るだろう。そのための道標も用意した。最もアイツは花言葉に詳しいような浪漫のある男ではなかった気もするが」

 その道標というのが、お店の前に点々と咲く青い花忍のことなのだろう。やはりその花言葉が示すとおりに、蓬は人を待っていたのだ。
 離れ離れになってしまった大切な友人の――セイの帰来を。

「それでもセイが現れず、情報も乏しいまま。俺の味覚も失い、消えるのも時間の問題かと諦めかけた時、お前が現れた」
「私……ですか?」

 莉亜が自分を指すと、蓬は真っ直ぐに莉亜の目を見つめると肯定する。
 
「最初こそ、お前がセイの生まれ変わりではないかと疑った。何らかの奇跡が起こり、不完全ながらもセイは輪廻転生の輪に入れたのだと。おむすびを食って涙を溢しただけではなく、お前が持っていた護符からもセイに似た気配を感じたからな」
「あれは、その……恥ずかしいので忘れてください……。でも私がセイさんの生まれ変わりなんですか? 全く自覚ありません」
「いいや。お前はセイの生まれ変わりじゃない。お前自身からセイの気配が一切しないことが判明したからな。これだけ近くで同じ時間を過ごしていれば、さすがにセイの転生体か見極めるくらいはできる。護符から感じた気配もすぐに消えてしまったから、それ以上、お前からセイの痕跡を辿ることも不可能だった。お前とセイに繋がりはない」

 莉亜が持っていた護符――つまり祖父から貰った御守りに、セイの痕跡が残っていたということは、莉亜はどこかでセイと接触していたことになる。一体どこで会っていたのだろうか。全く身に覚えがなかった。
 あの御守りに触れたのも、莉亜と莉亜の祖父ぐらいなもので、ここに来た最初の日にハルが咥えて持ち去るまで、誰かに見せたことも、貸した覚えもなかった。ハルが持ち去った後に門番の牛鬼が拾ったと話していたので、牛鬼が預かっている間に誰か触った者がいたのだろうか……。