水族館なんていつぶりだろうかと、頭の中で考えてみる。
いつぶりどころか、行ったことすらない気がする。
「あ、酔夢さん」
「海月……」
外で待っていると、玄関から海月が出てきた。
相変わらず、裾の長い白いワンピースを着ている。
「さん付けじゃなくていいよ」
「あ……すみません。癖です」
「そっか」
「あの、水族館って、急にどうしたんですか?」
「信一さんが、思い出作りに連れてってくれって。ほら、信一さん、もう酒飲んじゃってるから」
「あらら……」
酒を飲んで酔い潰れている信一さんの姿を想像してみて、俺は思わず吹き出した。
同じことを考えていたのか、海月も笑っていた。
「にしても、どうやって行こうか」
「酔夢さん……じゃない。酔夢は、車、運転できないんですか?」
「うん。免許も車も持ってない」
「じゃあ、あれで行くしかないんじゃないですか……?」
そう言って海月が指差した先にあったのは、基本、二人乗りは違法な乗り物だった。
◇◇◇
「それじゃあ、行くよ」
「はい! 降り落とされないように頑張るので、振り落とさないように頑張ってください!」
「了解です……」
そう言われて、俺はハンドルを握りなおし、ペダルに足を乗せた。
そして、走り出す。
俺らが乗っているのは、信一さんが持っていた、二人乗り用の装具がついた自転車だった。だが、それも側から見れば1人乗りの自転車だ。
人に出会わないことを願う俺だけれど、自動車も運転できなければ、タクシーの呼び方もよくわからない俺が乗れるものと言ったら、これしかなかったのだ。
「うぉっ!」
「わっ!」
段差を乗り越えた時の衝撃に、俺らは思わず声を出す。
重なった声に、思わず笑う。
楽しいなって、思った。
そう、思えた。
◇◇◇
星ヶ丘町の水族館は、ナイトアクアリウムと呼ばれる、夜の営業もしている。
信一さんが取ったのは、それのチケットだった。
須古星家から水族館に来るまで、自転車で約30分といったところだろうか。
受付の人に、俺たちはチケットを渡す。
「では、ナイトアクアリウム、2人の入場ですね。楽しんできてください」
そう言われて、俺らは、夜の水族館へと潜り込んでいく。
イルカやマンタ、カメがいるトンネルをくぐり、サメがいる水槽に、海月が怖がる。
「サメ、怖い?」
「は、はい……。コワモテ……」
青ざめている海月の腕を引っ張って、今度は熱帯魚がいるコーナーへと歩く。
その途中、海月は足をとめた。
「……クラゲ」
海月の言うとおり、そこは、クラゲの水槽がいくつも置いてあった。
紫や青、ピンクのLEDライトで照らされた水槽は、ミステリアスでロマンチックな空気を出していた。
「……クラゲには、毒がありますよね」
「え、まぁ、そうだね」
「それなら私は、お母さんを、腹の中から毒で殺した、クラゲです」
衝撃的な一言だった。
さっきまで笑顔だった海月の顔から、笑顔がいつの間にか消えていた。
「私が生まれなければ、お母さんは今もここにいて、お父さんもずっと笑顔だったかもしれない。……そう思うと、自分がものすごく、憎いです」
海月は目を細めて、クラゲの水槽に触れる。
「ねぇ、酔夢さん。自分はともかく、誰かのことを憎いって思う感情、わかってくれますよね?」
「っ!」
海月はそう言って、俺に毒を刺した。
もしかして海月は、俺と信一さんの会話を聞いていたのだろうか。まるで心臓を掴まれたような恐怖に襲われる。
でも、やっぱり俺は最低だ。
だって、苦しそうに目を細めた海月の横顔が、すごく綺麗だと思ってしまったから。
「うん。わかるよ」
「なら……」
「でも、俺が憎い人間は、もう罰せられたから」
「え?」
「しばらく刑務所暮らしだから。もう、憎いものなんてない」
俺は、そうハッキリと言った。
目の前の海月は、
「そうなんだ。すごいね、酔夢さんは」
そう、皮肉を含んだ瞳で俺を見つめていた。
いつぶりどころか、行ったことすらない気がする。
「あ、酔夢さん」
「海月……」
外で待っていると、玄関から海月が出てきた。
相変わらず、裾の長い白いワンピースを着ている。
「さん付けじゃなくていいよ」
「あ……すみません。癖です」
「そっか」
「あの、水族館って、急にどうしたんですか?」
「信一さんが、思い出作りに連れてってくれって。ほら、信一さん、もう酒飲んじゃってるから」
「あらら……」
酒を飲んで酔い潰れている信一さんの姿を想像してみて、俺は思わず吹き出した。
同じことを考えていたのか、海月も笑っていた。
「にしても、どうやって行こうか」
「酔夢さん……じゃない。酔夢は、車、運転できないんですか?」
「うん。免許も車も持ってない」
「じゃあ、あれで行くしかないんじゃないですか……?」
そう言って海月が指差した先にあったのは、基本、二人乗りは違法な乗り物だった。
◇◇◇
「それじゃあ、行くよ」
「はい! 降り落とされないように頑張るので、振り落とさないように頑張ってください!」
「了解です……」
そう言われて、俺はハンドルを握りなおし、ペダルに足を乗せた。
そして、走り出す。
俺らが乗っているのは、信一さんが持っていた、二人乗り用の装具がついた自転車だった。だが、それも側から見れば1人乗りの自転車だ。
人に出会わないことを願う俺だけれど、自動車も運転できなければ、タクシーの呼び方もよくわからない俺が乗れるものと言ったら、これしかなかったのだ。
「うぉっ!」
「わっ!」
段差を乗り越えた時の衝撃に、俺らは思わず声を出す。
重なった声に、思わず笑う。
楽しいなって、思った。
そう、思えた。
◇◇◇
星ヶ丘町の水族館は、ナイトアクアリウムと呼ばれる、夜の営業もしている。
信一さんが取ったのは、それのチケットだった。
須古星家から水族館に来るまで、自転車で約30分といったところだろうか。
受付の人に、俺たちはチケットを渡す。
「では、ナイトアクアリウム、2人の入場ですね。楽しんできてください」
そう言われて、俺らは、夜の水族館へと潜り込んでいく。
イルカやマンタ、カメがいるトンネルをくぐり、サメがいる水槽に、海月が怖がる。
「サメ、怖い?」
「は、はい……。コワモテ……」
青ざめている海月の腕を引っ張って、今度は熱帯魚がいるコーナーへと歩く。
その途中、海月は足をとめた。
「……クラゲ」
海月の言うとおり、そこは、クラゲの水槽がいくつも置いてあった。
紫や青、ピンクのLEDライトで照らされた水槽は、ミステリアスでロマンチックな空気を出していた。
「……クラゲには、毒がありますよね」
「え、まぁ、そうだね」
「それなら私は、お母さんを、腹の中から毒で殺した、クラゲです」
衝撃的な一言だった。
さっきまで笑顔だった海月の顔から、笑顔がいつの間にか消えていた。
「私が生まれなければ、お母さんは今もここにいて、お父さんもずっと笑顔だったかもしれない。……そう思うと、自分がものすごく、憎いです」
海月は目を細めて、クラゲの水槽に触れる。
「ねぇ、酔夢さん。自分はともかく、誰かのことを憎いって思う感情、わかってくれますよね?」
「っ!」
海月はそう言って、俺に毒を刺した。
もしかして海月は、俺と信一さんの会話を聞いていたのだろうか。まるで心臓を掴まれたような恐怖に襲われる。
でも、やっぱり俺は最低だ。
だって、苦しそうに目を細めた海月の横顔が、すごく綺麗だと思ってしまったから。
「うん。わかるよ」
「なら……」
「でも、俺が憎い人間は、もう罰せられたから」
「え?」
「しばらく刑務所暮らしだから。もう、憎いものなんてない」
俺は、そうハッキリと言った。
目の前の海月は、
「そうなんだ。すごいね、酔夢さんは」
そう、皮肉を含んだ瞳で俺を見つめていた。