一口、ジンジャーエールを飲む。
月のように淡い黄金色と、弾ける泡沫。
一回、深呼吸をしてから、内に秘めた秘密と真実を、全部全部、口から出した。
「俺の父親は、酒に溺れた人間でした」
頭の中で、家族3人で暮らしていた日のことを思い出す。
昼夜関わらず、居間には酒の臭いが充満していた。
窓を開けても怒られる。家のことを密告なんてしたら、殺されるのは目に見えていた。
自由なんてない、牢獄。
「気に食わないことがあれば、それに対する標的は全部、俺らに向いた。俺と母さんは、アザだらけでした」
腕に、まだあの時の、鈍くもはっきりとした痛みが残っている気がした。
傷もアザの跡も残っていないのに、幻と恐怖が、俺を襲う。
「それで、家庭が完全に壊れたのは、俺が中学3年生の最後の方……まだ、15歳の時でした。母さんが、あいつを果物ナイフで刺したんです」
あの日、悲鳴と赤い液体のせいで、家は地獄絵図と化していた。
母さんに、正気のかけらもなかった。
「俺が、俺の名前が嫌いな理由は、酒好きな父親が俺につけたから。あいつは、俺たちに絶望を与えた。それが、どうしても許せないんです」
幸い、母さんは正当防衛で罪に問われることはなく、あいつは刑務所へぶち込まれた。ざまぁみろって今でも思う。
けれど、あいつが去って、すぐに幸せが来るはずなんてない。
母さんは精神病院へ入院し、すぐに高校生になった俺は、1人で暮らすことになった。
血まみれになった壁は、拭いて、張り替えた。床と天井も同じ。
電気代や水道代などは、町の方から補助金が出て、なんとか乗り越えた。
けれど、勉学とバイトの両立が難しかった。
頭の出来はいい方じゃなかったし、容量も悪い。
部活には入らず、友達もできない。
いわゆる、“青春時代”を棒に振って過ごした。
でも、月も太陽も、絶対に助けてなんてくれない。
ずっと見ているだけのそれらが、腹立たしかった。
「今まで、ずっと辛かったですけど、高校時代が一番辛かったです。クラスではいつも端の方にいて、誰にも認知されてない。影みたいなポジションにずっといた」
信一さんは、黙ったまま、何も言わない。
ただ、頷くだけ。
同情も何も含まない、優しい相槌。
「……以上です」
「そうか。……お前と海月は、似たような境遇にいるんだな」
「まぁ、そうですね。海月には、もっと青春時代を謳歌してほしいですけど」
俺がそう言うと、「面白いこと言うな」と、信一さんは笑った。それ、俺の純粋な願いなんですけどね。
「じゃあ、ネグレクトの父親のせいで青春時代を棒に振った酔夢くんにお願いがあるんだが」
「ひどいこと言いますね。……って、お願いってなんですか?」
「海月と水族館に行ってくれ」
「は?」
「俺はこの通り、酒を飲んじまってるからだめだ。お前が行ってくれ」
そう言って信一さんが俺に渡してきたのは、海の生き物が描かれた2枚のチケットだった。