「確か、名乗ってもねぇし、名乗られてもねぇな。俺は須古星信一。海月の祖父だ」
「霞澤酔夢です。下の名前じゃなくて、上の方で呼んでほしいです」
「嫌だな。いいじゃねぇかよ、酔夢。俺はその名前が気に入ったから、お前のことを酔夢と呼ぶ。俺の呼び方は好きにしろ」
「そうですか」
今、ここの空間は、さっきの倍くらいピリピリとしていた。
多分、信一さんの強い圧力と、それに対する俺の警戒心のせいだろう。
身体中の毛が逆立つような感覚になるくらいに、居心地が悪かった。
「まずは海月からな。……海月の母親であり、俺の娘である(うみ)は、小さい頃から病弱でな。海月を産んでから、段々と体調を崩していった。海の命日は、海月の4歳の誕生日の1日後だ。それは、海月にも、海月の父親にも大きな精神的なダメージになったらしい」
信一さんは、居間の端の方にある仏壇を見つめてそう言った。
その仏壇には、海月によく似た女の人の遺影が飾られていた。多分、あの人が海さんなのだろう。
「海月の父親の月久(つきひさ)くんは、婿養子だった。活発だった海とは少し違い、穏やかで真面目な人だったから、かなり安心して婿に迎えた」
昔のことを振り返るように、小雨の如く、信一さんは囁いた。
ピリピリとした空気が、ほんの少しだけ優しくなった。
「2人は、見てるだけの俺たちにもわかるくらい、仲睦まじい夫婦だった。だから、海が死んじまった時には、月久くん、地球滅亡レベルの顔してたなぁ。でも、実際に、月久くんの世界はあの瞬間に壊れちまったんだろうな」
切なく、そして儚い笑顔を見せた信一さんは、少し、海月と似ていた。
やっぱり、誰だって血は繋がっている。

俺と、あいつも。

「それから、段々と月久くんの精神は壊れていった。海の亡霊に囚われ、海月の世話も蔑ろ。ついに自殺にまで手を伸ばそうとしていたらしい。この間、精神病院に運ばれて、当てがなくなった海月は止むを得ずに俺らのところまで来たってことだ。……どうだ、質問はあるか?」
「いいえ。十分です」
「そうか」
俺はジンジャーエールを、信一さんは日本酒を、同時に喉に流した。
「……じゃあ、次はお前の番だ。お前のことを話せ、酔夢くんよぉ」
俺をまっすぐに見つめる信一さんの瞳は、酔っているのにも関わらずはっきりしていた。
「わかりました。約束は最後まで守りますよ」

俺は初めて、部外者に話すことになる。
酒を飲みたくないと思った理由と、月が嫌いな訳、下の名前で呼ばれたくない原因。それだけじゃない。
内に秘めた秘密と真実を、全部全部、口から出した。