「お前、酒は飲めるか?」
「あ、いえ。苦手です」
「そうか。じゃあ、ジンジャーエールは?」
「飲めますけど……」
信一さんに案内され、俺は居間にやってきた。
ちゃぶ台には、信一さんの飲みかけらしき日本酒が置いてあった。
「じゃあ、そっち座れ」
「はい。ありがとうございます」
そう言われて、俺は和風な柄が描かれた座布団に座る。
すると、信一さんは、グラスとジンジャーエールの瓶を俺の目の前に置いていった。
「ほれ。ジンジャーエールなら飲めるんだろ」
「え、悪いですよ」
「俺が酒を飲んでいるのにお前がなにも飲まないのは不公平だろ。命令だ。飲め」
「は、はぁ……」
そう言いながら、やっぱり信一さんは日本酒を飲む。酒、好きなんだろうな。この人。
俺はグラスにジンジャーエールを注ぐと、喉に流し込んだ。
シュワシュワと弾ける泡が痛い。
信一さんが口を開いた。
「……お前、あいつの……海月の両親のこと、知ってんのか?」
俺は一瞬考えてから、ここに来る途中に海月が話した両親のことを思い出す。
「はい。ざっくりですけど、ここに来るまでに話してくれました」
「やっぱりか。あいつ、口が軽いんだよな……。まぁ、いいか。ざっくりってことは、詳しくは知らねぇってことだよな」
「そうですね。お母さんの病気のこととか、お父さんの詳しい精神状態とかは、知らないです」
ジンジャーエールを飲みながら、俺はそう言った。
別に、気になるわけではない。
「やっぱり気になるか? あいつの両親のこと」
でも、俺と、環境が似ているから。
聞いてみたいと思った。
「はい。知りたいです」
「そうか。……じゃあ、交換条件だな」
「へ?」
「そのままの意味だよ。海月の秘密を教えてやるから、お前の秘密を教えろってことだ」
そういう信一さんのオーラは、さっきと違い、非常口が備え付けてあった。
ここからなら逃げることができる。自分の秘密を暴露しなくて済む。けれど、海月のことはなに一つ知れないまま終わる。
……俺の選択が、吉と出るか凶と出るかは知らない。
ギャンブルは嫌いだけれど、たまには、賭けに出るのもいいのだろうか。
「わかりました。交換条件で」
俺は、グラスに浮かぶ泡沫を、全て飲み込んだ。
それが、自分の運命だと、受け止めて。