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「はー、予定外だったけど今夜は堪能したわ!」
 車に向かいながらまゆは伸びをした。
「たまには体のお付き合い抜きってのもいいもんね。お金もたいしてかからないし」
 ぼんやりと歩きながらあたしはふとひっかかりを覚えてまゆに尋ねた。
「いつもはお金かかるんですか?」
 マッチングアプリだからお金はかからない、もしくは一般的に男性が女性に払うものだと思っていたが。
 まゆは「そーねー」と考えるように夜空を見上げた。
「かかる時のが多いかな。あたしってほら、若い男が好きだし。あたしのほうが金持ってるからさあ。なんか色々してあげたくなんのよね」
「なるほど」と頷きかけてふと疑問に思う。ヤるためのマッチングアプリなんて危険そうなモノ使わなくても、タワマン暮らしならホストクラブとかに通えそうなのに。
「あたしはほら。お金しか売りがないからさ」
 どきっとしてあたしはまゆの顔を見た。今までの天真爛漫自信満々のまゆからは想像できないような台詞だった。
「ん?」
 けれどまゆの表情は今までと何も変わらない。あっけらかんとしたものだった。あたしは動揺した。
「あ、あの、まゆは明るくてとてもいい人だと思うけど」
 あたしのたどたどしいフォローを聞いて、まゆはぶはっと吹き出した。
「やだ! なに、励ましてくれてるの? かわいいったらありゃしない!」
「きゃっ!」
 まゆに頭から抱き締められてあたしは悲鳴を上げた。まゆの腕はすぐに離れた。
「違うのよ。悲観してるわけじゃないし。あたしはあたしが好きだけど冷静に判断してるだけ」
「判断って、何を?」
 あたしはぐちゃぐちゃにされた頭を手ぐしで整えながら尋ねた。まゆは笑顔で答えた。
「こっちが尽くさなきゃ、あたしと遊んでくれる若い男の子はいないってこと!」
「そんなこと」
「あるの! でもいいの。あたしがやりたくてやってることだから」
「でも」
 尽くさないと一緒にいてもらえないなんて。それを自分からやりたいなんて。
 ーーあたしみたいね。
「やですよ……」
 ぐずぐずと言うあたしを、まゆは困ったような瞳で見つめた。
「アキラあんた、振られたばっかでナーバスになりすぎなんだって。ほら見てみ!」
 まゆはそう言ってあたしの頬をおさえて上を向かせた。
「男、じゃないや、女なんか星の数ほどいるよ! ベタすぎるけどな!」
 そう言ってはははと豪快に笑う。
 まゆに上向かされたまま、あたしは星を見つめた。よくよく目を凝らすと、東京でも星がたくさん見えた。
 いつからだろう。
 あたしには早希しかいないと思ってしまったのは。
 早希のせいだったのかな。
 そんな疑念がわき起こる。
 あたしが早希以外の人と仲良くしようとしても、早希のせいで壊れていた気がする。彼氏も友達も、みんな離れていってしまった。
 けれど、それは別に辛くはなかった。
 早希に頼られるのが嬉しい。早希に喜んで欲しい。早希の言うとおりにしなければ。
 早希を選んできたのはあたしの意思だ。
 だってあたしには早希しかいないから。
 そう思ってずっと早希と一緒に大切な時を過ごしてきた。でも、大学に入ってヘビースモーカーな彼氏が早希にできた。
 彼の交友関係に早希も巻き込まれていった。あたしを置いて。
 あたしには相変わらず早希しかいない。
 早希にはあたし以外に大事な人がたくさんいるのに。
 あたしは早希しか大事な人がいないのに早希があたしを選ばないのはおかしい。
 だから早希が必ず最後は自分の所に戻ってくるように、彼女のいいなりになった。早希が絶対にあたしを選ぶように。
 そこまで考えて気付く。
 束縛しようとしていたのは、あたしも同じだ。
 だって早希が大好きだから。
 早希に傷つけられて会うのが辛くても、早希に似た人を求めてしまうくらい大好きだから。
「ふ……」
 あたしの口から小さな嗚咽が漏れた。
「え、ちょ、ま、また泣くの?!」
「泣きません!」
「いや、泣いてんだろ!」
 まゆが慌てたようにハンカチを取り出し、あたしの目元を拭う。そしてあたしの頭を優しく撫でてくれた。それで我慢ができなくなった。
「ーーあたしには! 早希しかいないのに!」
 声を堪えるのをやめてわんわんと泣いた。
「いやだから、星の数ほどいるって!」
「早希が一番大事なのに! 早希がいなきゃあたしなんか生きてる意味ない!」
「一番大事なのはアキラ、あんた自身でしょうがっ!」
「あたしなんか!」
「自分が一番大事よ!」
「やだ!」
 自分が一番大事だと、それを認めてしまいたくない。認めてしまったら早希を自分の思い通りにしたいだけの醜いあたしになってしまう。
 早希のためだから、あたしはいらないの、あたしはどうでもいいの、さきがしあわせならいいのあたしはいなくてもいいのさきさきさきさき
「アキラ、あんた何考えてんだかよくわかんないけど、かわいい子ね」
 まゆはその間、あたしの頭をずっと撫でていてくれた。