***
「まゆ、着きましたよ」
夜景スポットの駐車場に着いたのであたしはまゆの肩を揺らした。まゆはあくびをしながら半身を起こした。そして窓の外を見た。
「すごっ!」
まゆが歓声を上げた。窓にかぶりつきで夜景を眺めている。あたしはなんかおかしくなって自然と笑顔になった。
「アキラ、あんたいいとこ知ってんね」
まゆがあたしを振り向いた。その瞳が子供のようにキラキラしていて、あたしは堪えきれなくなって吹き出した。
それでもまゆは気分を悪くした様子もなく「外、出よ」とあたしを促した。
まゆと外に出ると、眼下の夜景はガラス越しに見るよりもよけいきらめいて見えた。
まゆは満足そうに「ふー」とため息をついた。
「こりゃすごいわ。タワマンの夜景とか目じゃないわ」
「タワマンからの夜景なんか見たことあるんですか」
あたしが軽口を叩くと、まゆは「毎晩見てるよ」と怪訝そうに目を細めた。あたしはまゆはそういう世界の人なんだな、と意外に思った。
「何? タワマンに住んでる人間に見えないって?」
「言ってませんよ。思ってるだけで」
あたしとまゆはしばらく夜のきらめきの中に佇んだ。
「アキラの彼女、こんな夜景見れないなんてもったいなかったね」
まゆはポケットから煙草を取り出した。そしてはっとしたように「あ、ごめん。吸っても大丈夫だった?」と尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。じゃああたしはあそこの自販機で飲み物とか買ってきます」
まゆにそう笑いながら手を振った。
自販機で缶コーヒーのボタンを押しながら、早希が煙草が大嫌いだったことを思い出す。
「晶、あたし煙草って大っ嫌い。臭いし健康に悪いし。絶対煙草吸う人は彼氏にしたくない!」
同じ大学に入ってそう言ってたのに、大学に入ってからできた彼氏はヘビースモーカーだった。あたしは煙草なんか一生吸わないと決意していたのに。
そういえば。
あたしは高校時代のことを思い出してきた。あたしにできた初めての彼氏は、漫画やゲームが好きな男の子だった。
「晶。あたし漫画とか好きなオタクって駄目なんだよね。ああいうのと付き合える女の子って信じられない!」
そう言われて、あたしは彼氏ができたことを早希に隠した。
早希に嫌われたくない。
そんな態度が彼氏にも伝わったのかもしれない。彼氏とは長く続かなかった。
彼氏に振られて涙を堪えていると、早希が慰めてくれた。あたしがなんで泣いているのか知らないのに。
優しい早希が大好きだった。
でも。
「でもアキラあんたさあ、彼女に振られたからドライブ行きたかったんなら、他の女友達誘えば良かったんじゃないの? なんでマッチングアプリだよ。極端だね」
まゆが煙草をくゆらせながらそう笑った。いつの間にかあたしはまゆの側に戻ってきていたようだ。
「えーと。女友達はいないので」
そう言うと、まゆはげほりと咽せ、煙草を携帯灰皿に押し込んだ。
「もしかして、あれ? 恋愛対象が女だと、女と女の友情は成り立たない、とかになっちゃうとか?」
「いや、別にそういうわけでは……」
そう言いかけて不思議になった。
なんであたし、女友達いないんだっけ?
「だーめ! 晶は放課後はあたしとの約束があるの!」
「部活なんか入らなくていいじゃん。ずっと一緒に帰ろうよ。パフェとか食べてさあ」
「あたしたち、彼氏とかいらないよね!」
今までの早希との色々な会話が思い出されてくる。
「やだー! もしかしてアキラの彼女って束縛系?」
かしゃん、と缶コーヒーがアスファルトの地面に落ちた。
中身が地面に広がっているはずだが、暗くてよく見えない。
束縛? 早希があたしを?
「あーあー、何やってんだよ、もったいない」
まゆは缶を拾い上げると「もう一個買ってきてやるね。あたしのオゴリ!」と足取り軽く自販機のほうへ向かって行った。