「姫様、おかえりなさいませ」

 「崚、ただいま。ふふっ」

 いけない。私ったら思い出し笑いをしてしまった。
 妖思村の王子様と会っていたことは、念のため崚には秘密にしておくことにしましょう。
 変な感じ……崚に隠し事なんて、今までなかったのに。

 「……姫様の笑顔を、久々に見た気がします」

 私ってそんなに、笑っていなかったのかしら。
 崚は私が思っている以上に、私のことを心配してくれているんだわ……。
 自分のことを大切にしてくれている人が身近にいるって、こんなに嬉しいことなのね。

 「ありがとう、崚。私は崚がそばにいてくれるから、こうやって姫を続けられるのよ」

 「姫様は本当に、立派になられた……。王様も、お妃様もさぞかし喜ぶでしょうなぁ」

 私のお母さまは主張で海外に行っているから、もう数年お会いしていない。
 会いたいわ、お母さま、お父さま……。
 目頭が熱くなったと思えば、涙が頬をつたる。いけない、姫であろう者が涙なんか流しちゃいけないのに。
 涙を止めようとしても止まらなくて、私は焦っていた。

 「姫様、いいんですよ。泣きたいときは泣いていいのです」

 「で、でも、愛を大切にしているというこの愛魔村が汚れてしまうわ」

 「姫様は愛を大切にしているではありませんか。この涙は、王様とお妃様を愛しているという証拠でございますよ」

 崚……。
 崚は私の心を見破って、そんなに優しい言葉を掛けてくれるのですか?
 本当に優しいひと。どうもありがとう、崚……。
 すると崚から一枚の紙が落ちて、私は拾い上げた。

 「崚、この紙はなに……?」

 「あっ、忘れてたっ!!」

 わ、忘れてた?
 崚は顔を真っ青にしながら、慌ててくしゃくしゃになってしまった紙を元通りにしている。

 「そんなに慌てないで、崚」

 「は、はい。姫様、これを見てくださいませ」

 そう言われたので、私はその紙を読んでいく。
 真っ白な紙に、真っ黒な印字。何だか不気味な感じがする。

 【白木乃 蘭羅 姫。
 蘭羅姫が十六になったとき、我が息子と婚約していただきたい】

 「えっ? これ……は、いったい」

 「遠い遠い国の王様からのお手紙でございます。今週末、お会いしてほしいということで……姫様とその王子様との、お見合いであります」

 その国の王子様と、私が婚約? お見合い?
 あまりの事態に、驚きを隠せない。

 「一度愛魔村を訪れたとき、姫様をお見かけしたようで。とても気に入られたみたいです」

 「そう、なのね」

 崚はいつもより何だか笑顔が輝いている気がする。
 きっと喜ばしいことなんだわ。嬉しいと思うのが普通だもの。
 でも、でも、でも。私は……!

 「さぁ、姫様、明日出発いたしますので、ご準備願います」

 「……のね」

 「え?」

 「私の気持ちは、考えてくれないのね……! 私は見合いなんてしたくない。勝手に決められた相手なんかと婚約するものですか。……見合いはお断りします!」

 私は宮殿を飛び出す。
 崚の「姫様!!」と呼ぶ声が耳元に聞こえてくるけれど、無視して走った。
 崚は私が幼い頃からの家来だけれど、私の気持ちなんて少しも考えていないのだわ……。
 夜の小鳥の鳴き声が、私の胸に響く。動物が羨ましいわ。自由に動けて、羽ばたいて、どこへだって行けるんだもの。
 このままずっと、走り続けていたい。誰か……誰か、私を助けて。