――愛魔村。私が住んでいるこの村の皆は、永遠の命を持っている。
 『愛』を大切にする、というルールを破らない限り私たちは死なない。
 だからどうして? どうして私は……不治の病になって、余命宣告をされなければならないの?


 はっ、と目が覚める。
 暗闇の中、一人で彷徨うという不気味な夢を見ていた。きっと日頃疲れてしまっているということよね。
 
 「姫様、おはようございます」

 「おはよう。そんなに慌ててどうしたの、(りょう)

 崚。
 昔からの家来で、私にとても良くしてくれている。

 「本日、まつりというものが行われるらしいのです。姫様も行かれませんかと思いまして」

 「まつり……」

 崚の顔を見れば分かる。きっと私がものすごく淋しい顔をしていたから、楽しんでほしいのだわ……。
 私の心の気持ちを表すように、妹の沙羅(さら)はとてもいい笑顔をしている。

 「ごめんなさい、崚。私は行けません。沙羅と行ってきてはいかが?」

 「姫様……」

 あぁ、ごめんなさい、崚……。
 私も行きたいのはやまやま。だけど、だけど。私はみんなに迷惑を掛けてしまうかもしれないから。

 「蘭羅(らら)お姉さま、いいの!?」

 「えぇ、沙羅。私の分まで楽しんでらして」

 「ありがとう、蘭羅お姉さま。楽しんでくるね!」

 身体をゆっくり起こして窓の外を見ると、神輿といわれるものを担いでいたり、衣を着た女性が踊ったりしている。
 ふふ……賑やかね。
 あそこに混ざれたら、どれだけ楽しいのだろう……。
 そんなことを考えていたら、何だか私も足を動かしたくなってしまった。

 「姫様、どこへ行かれるのですか?」

 「散歩よ。心配しないで、遠くへは行きませんから」

 「承知いたしました。ですが、お体のほうが少しでも悪くなりましたらすぐお帰りになってくださいね」

 「分かったわ。ご心配どうもありがとう」

 私はこの赤色と白色の着物に合う、下駄を履いて外へ出る。
 久しぶりの外はとても気持ちいい。何だかこの自然の香りを忘れていたような気がします……。
 私がいるのに気がついたのか、まつりの準備をしている周囲の人たちがぺこぺこと頭を下げてくる。
 ここ、愛魔村の姫君の私のことを知らない人物は一人もいないそう……。

 「姫様、散策でありますか」

 「えぇ、そうです」

 「失礼なことをお聞きしますが、お体のほうは大丈夫でございますか?」

 私は目をぱちくりさせてしまう。
 みんな、揃いも揃って同じことを言うのね……。
 何だか胸が痛くなる。そんなに心配しなくたって、今は(・・)何もないもの。
 そんなことより、まつりの準備の邪魔をしてしまって、申し分ないわ……。

 「大丈夫よ、そんな深刻な顔しないで。じゃあ行ってきます」

 「はっ」

 敬礼……私もやってみたい。
 そう思ってしまうのは、いけないこと。この村の王であったお父さまに失礼よね。
 お父さまは若くして亡くなられた。私が二つだったときだった。
 隣の妖思村という村の王様と対立していて、決闘をしたそう。愛を大切にできなかったお父さまと、思いやりを大切にしなかった妖思村の王様は亡くなった。
 でも、お父さまだもの。きっと勇敢だったに違いない。
 どうやら妖思村の王にも、私みたいに幼い子がいたみたい。それは女なのか男なのか、分からないけれど。一度くらいお会いしてみたいわ……。

 「わぁ……っ」

 少し深い森に初めて入ると、そこにはシロツメクサの花畑が広がっていた。
 私は思わず笑みがこぼれる。なんて、なんて美しいの……!
 村の子たちは、花かんむりや花束を作っていたわ。私もその子たちを真似して、作ろうとしてみる。
 だけど想像以上に、器用にやることが難しい。でも、一度でいいから花を結ってみたかったの。

 「そこにいるのは誰だ!!」

 「えっ」

 強い怒鳴り声がして振り向くと、刀を持った一人の男性が立っていた。隣には白馬もいる。
 村の人の顔は、全員覚えているはずなのに。このお方の顔は初めて見たわ……。
 鎖骨まである長い黒髪、真っ直ぐでひたむきな瞳、血管が出ているほど細長い手首。なんて男らしい方なのでしょう……。

 「おい、誰だと聞いているんだ」

 「え、えっと……白木乃(しらきの)蘭羅といいます」

 「しらきの、らら……? 聞いたことがないな。この辺の者か?」

 圧に押されて、こくりと頷く。
 私にこんな口の聞き方をした方は初めて……。興味深いけれどいったいどなたなのかしら。

 「あの、そちらは?」

 「私か。私は黒神 竜司(くろがみ りゅうじ)だ。ふっ、私の名を聞いたのはそなたが初めてだ」

 竜司……。お名前を聞いても、分からないのはどうして?
 頭に被ってらっしゃる(かぶと)に描かれている、紋章が目に入る。
 この紋章は、王家の印では……?

 「ん? そなたの着物に描かれている紋章……。まさか、王家か?」

 「え、えぇ。愛魔村の姫であります」

 「……まさか。父上と闘いをしたという王の、娘か?」

 父上と闘いをした……?
 もしかしてこの方は、妖思村の王子様であるお方?
 私ったら、なんと失礼だったことでしょう。姫である以上、この村を汚すようなことはしてはいけないわ。

 「王子様、失礼しました。では、私はこれで」

 「待ってくれ。私は、ずっとそなたを探していた。一度くらい話をしてみたかったのだ」

 「ど、どういう……」

 「興味を持ったということだ」

 隣の村の王子様に、気に入られてしまいました……!