私がその人と出会ったのは、小学校二年生の秋だった。

「悔しかったら取り返してみろ!」

同じ学年の男子――幸太(こうた)が、私のランドセルから取ったキーホルダーを手に駆けていく。

「返して、返してって!」

それは、前の小学校で仲のよかった友達がお揃いで、別れるときに渡してくれたものだった。


少し前に都会から九州の片田舎に引っ越してきた私は、全く周囲に馴染めずにいた。

村にはコンビニなどなく、日用品から食品まで取り扱うスーパーという名の商店が一軒あるのみ。
村の外に出ようにも、公共の交通手段は一時間に一本あるかないかのバスだけだ。
一番近くのおしゃれな場所といえば、車で一時間以上かけて行く大型ショッピングセンターしかない。


「ほら、早く取り返さないと捨てるぞ!」

「ダメ!
返してっ!」

幸太の足は次第に山道へと入っていく。
私もその後を必死になって追った。


引っ越した祖母の家が、古くて暗く、汚いのも私の不満のひとつだ。
いまなら味のある古民家だと喜べそうだが、小学生の私から見れば薄気味悪い家でしかなかった。