「お父さん、お母さん。
いままでお世話になりました。
育ててくれてありがとう」

私が三つ指をつくと、あたまの上ですんと鼻を啜る音がした。

「……別にお前に、感謝されるようなことはしとらん」

黒留を着た母は、涙を堪えきれずにハンカチを目頭に当てている。
不機嫌そうに視線を逸らした紋付き袴姿の父も、必死に涙を堪えているようだった。

「でもこれで最後だから。
もう、お父さんにもお母さんにも感謝の言葉すら伝えられなくなる。
だから、これから先の感謝をいま、伝えたいんだ」

心桜(こはる)……」

とうとう母が、私に縋って嗚咽を漏らし出す。
父の堅く握られた拳は、ぶるぶると震えていた。

本当に親不孝な娘だと自分でも思う。
でもこれは私が、――決めたことだから。

「……そろそろよろしいですか」

「はい」

狐の半面をつけた男から声をかけられ、立ち上がる。

「元気でね。
もう私たちにはなにもできないんだから」

「うん、お母さんも元気でね」

涙を拭ってまたすんと鼻を啜った母の目は、真っ赤になっていた。

「ふん。
お前なんぞいなくなって清々する」