――(あかね)先生は、嘘ばかりだ。

「今度、漢文教えてね。茜先生」
「いいよ」
「先生の彼って、どんな人?」
「イケメンで頼もしくて、優しい人」
「わっ、惚気? 年齢は? 年上? 同い年?」
「今度教えてあげる。さっ、遅くなっちゃうから、帰りなさい」

 へらへら適当に受け流して、噂好きな女子高生との会話を終了させる。
 塾教師のアルバイトを始めてから、二年。
 私が「茜先生」と生徒から呼ばれているのは、名字が「斉藤」で、他に同姓の先生がいるためだ。
 今までずっと地味で目立たず、男女問わず「斉藤さん」以外で呼ばれたことのなかった私が、まさかバイト先で名前呼びされることになるなんて、人生分からないものだ。

(しかも、キャラ変までしているし)

 茜先生と斉藤(さいとう) 茜は、まるで別人だ。
 大学の先輩から「短期バイト」と言われて、半ば強引に、この塾に連れてこられた。
 その先輩の方がすぐに塾を辞めてしまい、要領の悪い私は辞める機会を完全に逃してしまったのだ。
 それでいて、変に真面目だったりするので、生徒受けする教師像を演じているうちに、普段の私とは真逆の明るいお姉様先生となってしまい……。
 生徒たちの手前、余裕のあるフリをしているけれど、いつも緊張で胃が痛いし、彼氏がいる設定にしているけど、彼氏いない歴=年齢。

(さすがに、胸が痛いわ)

 教師として、偉そうに正論ばかり説いてはいるけれど、本当の私は陰キャの根暗。
 日々、特大ブーメランを自分に向かって放ち続けているようなものなのだ。

 ――でも、まあ……いい。

 この偽りだらけのバイトも、今日で終わる。
 本日付けで、私はこの塾を辞めるのだ。
 生徒が動揺するからと、伏せてはいるけれど、少しずつシフトを減らして調整し、引き継ぎも万全に行った。我ながら上手くやったと思う。
 これで、やっと本業の大学生に戻って、就活に力を注ぐことができる。

(……なんて) 

 辞めることが決まった直後は、嬉しかったはずなのに。
 ――それなのに。

(……憂鬱)

 最後の授業が近づくにつれて、私の気持ちは曇っていった。
 自分でもよく分からない、悶々とした感情。
 きっと、最後の個人授業の相手が「彼」だからだろう。