全部お酒のせいにしてしまえばよかった。
「冗談ですよ」と言ってヘラリと笑ってみせるべきだったんだ。
 なのに、こういうときだけ正直になる私は本当にバカ。
 彼を困らせるに決まっているのに。

「ま、綾子さんにフラれたら本気にしてください」

 上手に逃げ道を作った自分を「よくやった」と褒めたいくらいだ。
 街灯に照らされた彼の顔が、安堵したような表情に変わった。

「フラれるのが確定みたいに言うなって」

 よかった。いつもの空気に戻った。
 藍河さんは会社の先輩だから、先のないこの恋心のせいで関係をおかしくしたくない。
 私も内心ホッとして、フフフと小さく笑う。

「だけど、そのとき紅野に彼氏がいなかったら……考えなくはないな」

 再び歩みを進めたとき、彼の口からとんでもない言葉が飛び出して心臓が破裂しそうになった。

「い、意味深なこと言わないでくださいよ!」
「どっちがだよ」

 あわてる私を眺めながら、彼が綺麗な顔で笑っている。
 
 今夜だけ……この一瞬だけでも彼の笑顔をひとり占めしたい。
 神様、見ているだけなら許されますか?

 夜が明けたら、この恋をそっと胸の奥にしまい込んで思い出にしよう。

 彼には幸せになってほしい。
 たとえ隣にいるのが、私ではなくても。


――END.