(もし、もし本当に、彼なら――)

「シオリ……!」

 人影が、走ってわたしに駆け寄ってきた。

 暗い夜道から、明るい街灯の下へ、その姿が入って。

「…………ラ、ライアス……?」
「シオリ! 会いたかった……!」
 

 そこには、ライアスが立っていた。
 あの頃のまま、――ううん、少し年を取ったライアスが、そこにはいた。
 高い背、爽やかな黒髪、キリリとした瞳――それらはなんにも変わらなかった。
 変わったことと言えば、昔よりも筋肉がついたくらいか。

 
「ライアス……。本当に、ライアスなの……?」
「シオリ! シオリ……ッ!」

 ライアスはわたしの顔を見ると、たちまち破顔して、涙を流しながらわたしを抱きしめる。
 その力は、強く、でも痛くなくて。強く抱きしめられて、なんだか……すごく、嬉しい。





「ライアス、どうしてここへ……?」
「シオリ、君がいなくなってから……。俺たちは何度も聖女召喚の儀式をおこなったんだ。だけど君を呼び戻すことは出来なくて……。それで神官たちが、今度は逆にこっちの世界から異世界へ転移できないかって、研究を始めたんだ」
「それで、ライアスがこっちにきたの?」
「そうだ」

 ライアスはそう教えてくれた。
 
 そっか。わたし、急にいなくなっちゃったんだもん。聖女がいなくなったら困っちゃうよね。


「シオリ、せっかく元の世界へ戻れたのに、ごめん。でも……でもさ! 俺といっしょに、むこうの世界で暮らして欲しいんだ!」
「え……?」

「シオリ。あの日言えなかった言葉を言うよ。俺、シオリが好きだ。ずっとずっと好きだった。君がいなくなってから、俺は狂ってしまいそうだった」
「ライアス……」
「あの日、君の手を引っ張り上げられなかった。そのことをずっと、悔やんでいた」


 あの日。脳裏に、あの日のことがまざまざと蘇る。
 あの日――わたしは、彼の手をとるのを、躊躇してしまったのだ。


「……メリーとはどうしたの?」
「え? メリー?」

 ライアスは、きょとんとした顔をした。
 わたしは少し、むっとしてしまう。

「あなたには、メリーがいたはずよ」
「同じ勇者パーティーだけど、なんのことだ?」
「だから……! あの日、ライアスはメリーに告白されて、それで……っ、夜いっしょに寝たんじゃないのっ!?」
「えぇっ!?」

 ライアスは驚いた声をだした。

「シオリ、誤解だよ。あの日――メリーは君がきての一年記念に、お祝いのパーティーをしようという相談をしてくれたんだ。その相談が盛り上がっちゃって、次の日に少し疲労を引きずってしまったのは、後悔しているよ……」
「……。そんな……」

 メリー。
 わたしたちのヒロインだったはずの、優しかったはずの、メリー。
 それなのに、わたしはなんでそんなことを忘れていたんだろう……。

 ……ライアスが、取られると思って。

 わたし、メリーに嫉妬してたんだ……。

「メリーも、デダニも、君のことをずっと心配していたよ」
「そうだったの……。わたし、……ごめんなさい。そっちに帰れなくて」
「シオリ、ゲートはまだ開いてる。今のうちに、俺たちの世界へもう一度来てくれないか? いや、正直、嫌と言われても連れて行きたいよ。……簡単には諦められないんだ」
「ライアス、わたし……」
「シオリ。好きなんだ」


 ライアスの目は、まっすぐで。

(ああ、ずっと会いたかった目だ……)

 
「……行くわ。わたしも、ずっとライアスのこと、好きだったの」
「……! シオリ……!」
「わたし、ライアスの世界にもう一度行きたい……! わたしを連れて行って……!」
「ああ! 行こう!」

 ライアスは、笑顔になると、わたしをお姫様抱っこで抱えて走り出す。

「きゃっ!?」
「はははっ!!」
「ちょ、ちょっと! ライアス……!」
「しっかり掴まっててくれよ!」

 わたしは、ライアスの首元にしがみついてみせる。
 ライアスの顔が少し赤くなった気がして、クスリと小さく笑ってしまう。

(ライアスにまた会えて、本当に嬉しい……!)

 元の世界に、未練はない。
 行けるなら、もう一度ずっと行きたかった――異世界。

(とうとう、叶うんだ……!)

 ライアスが迎えにきてくれるなんて、思っていなかったけれどね!

 


 近くの公園に着くと、昔見たのと同じ、光の魔方陣があった。
 夜の暗闇の中に、光り輝く白い魔方陣。

 わたしたちは、その中へと飛び込んだ――。




  ***
 




 光がやんで、わたしはゆっくりと目をあける。
 ……そこは、神殿だった。

(帰って、きたんだ……)

 なんだか、無性に嬉しい。
 こっちの世界のほうが、嬉しいだなんて……。
 わたしは、ちらりと隣のライアスの顔を見る。
 まだ抱かれたままなので、その顔はとても近い。

(……こっちの世界がいいのは、……ライアスがいるから、っていうのがほとんどだけど……)

 神官達は、いない。
 部屋にはわたしたちふたりだけだった。

 
 わたしは、ふと思って尋ねる。
 
「魔王軍は、あれからどうなったの?」
「今も拮抗が続いてる。……シオリがいなくなっちゃって、勇者パーティーは十人体制なんだ」
「じゅ、十人?」
「シオリの代わりが務まるのが、神官七人分でようやく下位互換ってこと」
「え、えぇ……」


 そんなに人数がいたら、戦闘の連携やりづらそうだなぁ。

 でも、そのおかげでライアスが無事なら……いい戦法なのかな?


「もしかして、わたし、また勇者パーティーに復帰するの? できるかなぁ……。全然運動してないよ」

 言いながら、「あはは」と少し笑う。社会人になってから、全然運動なんてしていない。
 でも、あの頃が一番楽しかったんだから。
 会社勤めをしていたさっきまでより、勇者パーティーに復帰する方がずっと楽しいに決まっている。

「ううん。シオリは勇者パーティーに入らないで」
「えっ!?」

 ライアスは、いつもの爽やかな顔で言った。

「シオリは、俺と結婚して――子どもを作ってほしいからさ。ゆっくり暮らして欲しいんだ!」
「なっ……!!」
「あれ? 知らない? こっちの世界では、『妊娠休暇』って言ってその期間は労働が禁止されていて……」
「し、知らないっ! そ、そもそもちょっと気が早いって言うか……っ」


 わたしの顔は、きっととてつもなく、赤い。

「そうか? でも、結婚してくれるんだろう?」
「そ、それはっ……する、けど……っ」
「ふふっ。シオリ、好きだ。君を連れ戻せて、嬉しい」
「ライアス、わたしも……大好き」

 わたしがそう言うと、ライアスにキスをされた。


「……っ!」
「あんまり嬉しくて、つい」
「……わ、わたしも、……嬉しい、です……」
「あはは、なんで敬語?」
「……もうっ!」

 言いながら、わたしはライアスに寄りかかった。

 
 そして、今度こそ、彼の手を離さないようにしようと、強く、強く思った。
 
 
 

(おわり)