――梅雨の時期に傘を忘れて出掛けるなんて、自分の馬鹿さが恨めしい。
そんなことを考えつつ、星来は色とりどりの傘の群れの中を駆け足で抜け出す。パシャパシャとアスファルトに溜まった水は靴先で蹴るたびに跳ねて、真新しいスラックスに大きさが点でバラバラの模様を形作っていく。スラックスは完全にびしょ濡れになっているがせめてもの救いは、自宅を出る時に何となく着たジャケットのおかげで、夏物のブラウスから透けているであろう下着を隠せているところだろうか。
それによりさっきからこの土砂降りの中で傘も差さずに歩いている星来に何かを期待するような嫌らしい目を向けてくる一部の男性たち――主に思春期真っ只中の青年からくたびれた壮年だが、の魔の手から貞操を守れているので、少しだけ勝ち誇った気持ちになる。ただその代わりとして、ジャケットを雨合羽の代わりに出来なくなったのは痛手だったが。
そんなジャケットの代替えとして傘の役割を果たしているのは、お気に入りのトートバッグであった。頭を守ろうと頭上に掲げているからか、直に当たる雨粒を吸ってすっかり重さを増していた。もう中に入れていた小物や書類はぐっしょり濡れているだろう。とっくに諦めてはいるものの、早く家に帰って乾かしてしまいたい。
(もう変わりなさいよ! この信号機!)
今は一刻も早く自宅に帰りたいのに、何故かこの日に限って行く先々の信号機は赤色を示していた。いつもならどこか一ヶ所くらいは青信号が点灯しているというのに。星来の中でイライラが募る。もっと腹立たしいのは家賃の安さばかりに食いついて、道中にコンビニやスーパーなどの商店が無い、鄙びたアパートを選んだ自分の浅はかさだった。
前々から買い物が大変だと思っていたが、こういう時はその不便さがますます際立つ。こんなことならもう少し立地について考えれば良かった。歴史と風情ある街を気に入って即物件を決めて引っ越しを決めたが、利便性を全く考慮していなかった。
今さら後悔しても遅いが……。
(今度は絶対に近くにコンビニが建つアパートに引っ越してやるっ!)
そんなことばかり考えていたからか注意力が散漫になっていた。青信号になった瞬間、横断歩道を走り出そうとした星来だったが、近くで車のブレーキ音が聞こえてきた。次いで「危ないっ!!」という声が聞こえてきたかと思うと、後ろに手を引かれていたのだった。
「きゃあ!?」
短い悲鳴を上げて気付いた時には見知らぬ若い男性の胸の中にいた。星来と同年代と思しき頭一つ分背の高い青年は、星来に傘を傾けながらも全く一瞥することもなく、急ブレーキを踏んだ車に向かって「すみませんっ!」と声を張り上げたのだった。
「すっかり余所見をしていました。こっちは大丈夫です」
了解というように、車の窓が開いて運転手が片手を上げたかと思うと、また車は走り去って行く。ほっと肩を撫で下ろしたように他の歩行者も横断歩道を渡り出したが、星来を助けた男性は腕を離してくれなかった。どうにかして星来が腕の中から出ようと藻掻き出すと、ようやく男性は思い出したかのように腕を解いてくれたのだった。
そんなことを考えつつ、星来は色とりどりの傘の群れの中を駆け足で抜け出す。パシャパシャとアスファルトに溜まった水は靴先で蹴るたびに跳ねて、真新しいスラックスに大きさが点でバラバラの模様を形作っていく。スラックスは完全にびしょ濡れになっているがせめてもの救いは、自宅を出る時に何となく着たジャケットのおかげで、夏物のブラウスから透けているであろう下着を隠せているところだろうか。
それによりさっきからこの土砂降りの中で傘も差さずに歩いている星来に何かを期待するような嫌らしい目を向けてくる一部の男性たち――主に思春期真っ只中の青年からくたびれた壮年だが、の魔の手から貞操を守れているので、少しだけ勝ち誇った気持ちになる。ただその代わりとして、ジャケットを雨合羽の代わりに出来なくなったのは痛手だったが。
そんなジャケットの代替えとして傘の役割を果たしているのは、お気に入りのトートバッグであった。頭を守ろうと頭上に掲げているからか、直に当たる雨粒を吸ってすっかり重さを増していた。もう中に入れていた小物や書類はぐっしょり濡れているだろう。とっくに諦めてはいるものの、早く家に帰って乾かしてしまいたい。
(もう変わりなさいよ! この信号機!)
今は一刻も早く自宅に帰りたいのに、何故かこの日に限って行く先々の信号機は赤色を示していた。いつもならどこか一ヶ所くらいは青信号が点灯しているというのに。星来の中でイライラが募る。もっと腹立たしいのは家賃の安さばかりに食いついて、道中にコンビニやスーパーなどの商店が無い、鄙びたアパートを選んだ自分の浅はかさだった。
前々から買い物が大変だと思っていたが、こういう時はその不便さがますます際立つ。こんなことならもう少し立地について考えれば良かった。歴史と風情ある街を気に入って即物件を決めて引っ越しを決めたが、利便性を全く考慮していなかった。
今さら後悔しても遅いが……。
(今度は絶対に近くにコンビニが建つアパートに引っ越してやるっ!)
そんなことばかり考えていたからか注意力が散漫になっていた。青信号になった瞬間、横断歩道を走り出そうとした星来だったが、近くで車のブレーキ音が聞こえてきた。次いで「危ないっ!!」という声が聞こえてきたかと思うと、後ろに手を引かれていたのだった。
「きゃあ!?」
短い悲鳴を上げて気付いた時には見知らぬ若い男性の胸の中にいた。星来と同年代と思しき頭一つ分背の高い青年は、星来に傘を傾けながらも全く一瞥することもなく、急ブレーキを踏んだ車に向かって「すみませんっ!」と声を張り上げたのだった。
「すっかり余所見をしていました。こっちは大丈夫です」
了解というように、車の窓が開いて運転手が片手を上げたかと思うと、また車は走り去って行く。ほっと肩を撫で下ろしたように他の歩行者も横断歩道を渡り出したが、星来を助けた男性は腕を離してくれなかった。どうにかして星来が腕の中から出ようと藻掻き出すと、ようやく男性は思い出したかのように腕を解いてくれたのだった。