駅の近くにある夜景スポット。
海を挟んだ対岸にある建物がキラキラと輝きを放つ。
雨の効果もあり、いつも以上に輝いている気がする。
「……」
私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる水瀬は、時折私の顔を覗き込み微笑んでくれる。
ずっと雨に濡れたままの右肩。
その指からは、際限なく水が零れ落ちていた。
「水瀬…風邪引く」
「俺が傘を借りている身だから。このくらい平気」
「水瀬に風邪引かれると、彼女さんに申し訳ないじゃん」
「……杉岡…」
涙がまた零れると同時に左を向き、水瀬から顔が見えないように背ける。
…雨に打たれてみようかな。
そうすれば、溢れて止まらない涙を見られなくて済むのに。
「ねぇ、水瀬。結婚するな…」
「…」
「水瀬…好きなんだよ…」
「……」
「…って思うけれど、彼女さんは幸せだね。高校の時から付き合っているんだよね。もう…10年は経つかな? 凄いよね、結婚までいくなんて。本当に一途と言うか…何と言うか…」
そこまで言って…水瀬の顔を見た。
止まらない涙。
それでも無理して微笑んでみると、水瀬は唇を噛みながら…私を抱き締めた。
水瀬の手から落ちた藍色の傘は、数回バウンドして足元に止まる。
「………水瀬」
私も水瀬の腰に手を回し、そっと力を入れた。
ザーザーと降り注ぐ雨が私たちを濡らし、街灯が私たちを無言で照らす。
髪の毛から水が滴り落ち始めるが、それすらも気にせず…そのまま水瀬と抱き締め合った。
「ごめん、杉岡。本当は…好きだった。出会った頃から…ずっと」
「……な…何それ。なら、彼女と別れてくれたら良かったのに…」
「………ごめん」
「……」
『ごめん』という一言で、それがどういう意味を表しているのかが分かった。
彼女さんには勝てなかった。
それに、尽きるのだろう。
水瀬の腰に回している手に更なる力を込め、濡れて重たくなっている背広を掴んだ。
それに反応するように、水瀬も同じように私のカーディガンを掴む。
「…水瀬って、意地悪だよね。結婚するって報告して、こうやって私を抱き締めて…好きだったなんて言って、惑わせるんだから」
「……ごめん、それでも…伝えたくて」
「私は、聞かなければ良かったって…思っているよ。聞かなければ、潔く水瀬のことを諦められたのに」
「…ごめん」
「やめて。もう謝らないでよ…」
顔を上げて、水瀬の顔を下から見つめる。
すると水瀬もまた、私の肩に埋めていた顔をこちらに向けた。
「…何で水瀬が泣きそうなんだよ」
「……」
「さっきも言ったけれど、それは結婚する人の顔じゃないよ…」
「……」
唇を噛み締めた水瀬の目からは、大粒の涙が溢れ始めた。
雨に負けないくらい大きな粒が顔から零れ落ち…私の頬に着地する。
「ごめんっ、好きだよ…杉岡」
「……」
「ずっと、好きだった…」
「…言わないで」
「雪菜…好き…」
「もう……もう、言わないでよっ!!!」
「……っ」
水瀬に向かって大きな声で叫ぶと同時に…口を塞がれた。
濡れて冷え切ったお互いの唇。
冷たくてしょっぱくて…震えている。
「み、水瀬…ふざけないで! 私のことを馬鹿にしたいの!?」
「違う」
「じゃあ何よ今更!! 何言っても結婚するんでしょ? なら…止めてよ…」
「……」
「止めて…これ以上、水瀬のこと好きになりたくないんだから…」
足の力が抜け、崩れ落ちるように座り込んだ。
更に強くなった雨が、容赦なく私を打ち付ける。
大好きな、水瀬。
今も残る…唇の感触。
…どうせ、この想いが成就しないのなら。
…このまま。
この複雑な気持ちのまま、海に飛び込めたらいいのに。
でも実際…そう思うだけで、そんな度胸は無い。
水瀬…。
水瀬……。
水瀬、あなたが他の人と結婚をしても。
私はずっと…あなたのことを好きなままで、居てもいいですか…。