無言で歩き続ける、私と水瀬。

ずっと触れている肩から感じる仄かな体温。
すぐそこで感じる水瀬の存在に、胸が熱くなる。


「杉岡、今も楽器弾いてるの?」
「…あぁ…ピアノのこと? うん、まぁ…たまにね」
「そうか。…1回、駅に設置されているピアノを弾いて聴かせてくれたことがあっただろ。あれ…凄く好きだった。今もあの時の音色が、頭に残っている」
「………そう」


水瀬と外回りをしていた頃、立ち寄った駅に置かれていたストリートピアノを弾いたことがある。

それを聴いた水瀬は涙を流し、手を叩いて喜び感動をしてくれた。



…けれどそれ、入社してすぐくらいの話だったけれど。



そんなこと、覚えているなんて。


「………」


辛い。
懐かしい記憶が蘇り、水瀬への好きが溢れ出る。

水瀬…結婚をするなんて。

その話自体が嘘だと思いたくて。
信じたくなくて。

苦しくて…涙が零れそうになるのを…耐える。

「…杉岡、夜景…見て行くか」
「……夜景…」
「あいにくの雨だけどな」
「……」


水瀬がどういうつもりか分からないけれど。

このまま…時が止まれば良いのに…。

そんなこと思い、せっかく耐えた涙が結局零れ落ちた。