杉岡(すぎおか)、ちょっと良い?」
「え、水瀬(みなせ)…。久しぶりじゃん。良いよ、どした?」

総合商社に勤める私、杉岡(すぎおか)雪菜(ゆきな)27歳。

定時後、帰ろうと机を片付けていると、同期の水瀬(みなせ)隆明(たかあき)が私に声を掛けて来た。


「どうしたの、呼び出しなんかしちゃって。珍しいね」

社内にある休憩スペースに移動し、自動販売機でジュースを買った。

壁にもたれかかってジュースの蓋を開ける。

その間、水瀬は少しだけ俯き、瞬きを繰り返していた。

「杉岡…実はさ、俺…結婚することになった」
「……え?」
「ずっと、付き合っている子がいるって…前に言っただろう。その子と、結婚する。杉岡に1番最初に伝えたくて」
「あ…そう…」

結婚…。

その言葉の響きに、妙な感情が湧き上がる。

「あ…そうって…。怒らないの?」
「何で怒ると思うの」
「いや…だって…」
「私が怒るかもって1ミリでも思っていたなら、言わなきゃ良いのに」
「……」

再び俯いた水瀬を横目に、ジュースを流し込む。

新商品の《イチゴ風味スパークリング》。
美味しいな、これ。

また買おう。

「…杉岡……本当に怒らないのか」
「…何? 結婚なんかするなって怒り狂って欲しいの? 一体何を求めているの?」
「いや…だって……杉岡の気持ちを、踏みにじることになってしまうから…」
「……」

何それ。

何よ...水瀬のバカ。


「……バカ」


水瀬とは同期で同い年。

仕事でもプライベートでも関わることが多くて、良く一緒に過ごしていた。

最近は水瀬の方が部署異動をしてオフィスビルが別になった為、仕事で一緒になることも無ければ、会おうと思わなければ会うことが無くなっていた。

だから…こうやって会うのは久しぶりだった。