「名前は存じませんが、巫寿さまがよく通われていた書物庫の男です」
私のハッと息を飲む声が部屋に響いた。
それと同時に一学期の記憶が流れるように脳裏を過る。
残穢に満ちた薄暗い空間、千本鳥居におびただしい量の御札。倒れるクラスメイト、全身の痛みに息苦しさ。
憎しみに染った横顔に、動かなくなった黒い腕。
「……一方賢か」
禄輪さんが険しい顔でその名を呼ぶ。
その瞬間、胸がギュッと締め付けられるような痛みを覚えた。
一方賢、去年の夏頃までまねきの社の文殿を管理していた神職だ。一学期は自習するために毎日通っていたので、会話をする機会は自然と多くなった。
他の神職さまみたいに話しかけにくい雰囲気もなく、みんな慕っていた。
だからそんな方賢さんが、空亡の残穢の封印を破ろうとするなんて誰も予想すらしなかった。
その場を目撃した私たちは激しい攻防戦になり、最終的に方賢さんは溢れ出した空亡の残穢を取り込みすぎたせいで身動きが取れなくなり自滅した。
薫先生から聞いた話では、なんとか一命を取り留めたもののもう立ち上がることも喋ることも出来ず、罪の重さから二度と外を出歩くことはできないと言っていた。
優秀な人だった。けれどそれ以上に劣等感が彼を苦しめていた。