瓏は机の上に視線を落とした。しばらく考え込んで、小さく首を振る。
「でも、行けない」
想像していた通りの回答で呆れを通り越してもはや面白い。
「一応聞くけど理由は?」
「信乃に、迷惑かける」
「そう言うと思ったわ」
よっと身体を起こして瓏の脳天に手刀を落とす。「痛い」と恨めしそうに俺を見上げた。
瓏はまだ千歳狐が持つ本来の力を自分で制御することが出来ない。だから今も身体には力を封じ込める呪印が毎月オヤジの手で施されている。
この数年で呪印が解けて暴走してしまったことも多々あった。その度に千歳狐をいつまで信田妻の里に置いておくのかと訴えがあった。
瓏が気にすることと言えばその辺だろう。
「明日からオヤジに、呪印を習うことになった」
「え……」
「今お前に呪印を施せんのはオヤジだけやけど、俺もできるようになったらなかなか便利やろ」
瓏を神修へ進学させるにあたって、もちろん真っ先に周りへの影響を考えた。
呪印は強力だが脆い。刻まれた文字が少しでもかければたちまち効力を失ってしまう。そうなって瓏が暴走した時に、誰も止められない状況なのはまずい。
俺が呪印の施し方をオヤジに習っておけば、いざと言う時に役に立つはずだ。
「でも、呪印って難しいんだって……」
「これまで散々足りんもを補い合ってきたんやし、そんなん今更やろ」
言っておきながら恥ずかしくなった。
赤くなった頬を隠すように顔を背ける。