うんざりだ。もう何もかも。

野狐に落ちた伊也も責任だ何だ言って宮司を降りたオヤジも泣いてばかりのお袋も。

あれほど面倒を見てもらっていたのにころっと態度を変えた神職たちも俺にへばりついて監視してくる権宮司も。

親に言われて俺と目を合わさない友人たちも戸惑うように俺から距離を置く里の子供らも。

なのになぜ俺はアイツらのために里を守らなければならないんだろう。里のために自分の時間を削らなければならないんだろう。

俺になんの利点がある? 俺に何が返ってくる?

伊也が野狐になんかならなければ、お袋が伊也を赤目で産んでさえいなければ、オヤジとお袋が結婚なんてしなければ。

普段ならそんな馬鹿げたことなんて考えるはずがないのに、疲れた頭は心の底にある小さな呪を焚き付ける。

目頭を押えた。暗い瞼の奥で目が回る。上手く頭が回らない。


ぐるぐると考えているうちに、あいつが寝泊まりしている離れについた。


「……おい」


こんなにも呪が燻った声は自分でもこれまでに聞いたことがない。


「どうぞ」


数ヶ月前に比べると随分滑らかになった日本語が返事が返ってきた。

そんなつもりはなかったが、開けた障子は縁に当たってタンッと音を立てた。

それに驚いたのか中にいたそいつは僅かに目を見開いた。