「伊也ねぇに、また叩かれたんか」
途端に他の子供らも泣きそうな顔を浮かべた。
何も言わないのは俺には言うなと口止めされているからだろう。けれど伊也が怒鳴った瞬間にこの子が身を縮めたのが全てを物語っている。
俺の知らないところで、また。
「堪忍な……」
ため息を吐くようにそう呟く。
思った以上に情けない声だった。
俺が早く頭領になれば、伊也ねぇのこともどうにか出来るはずだ。
伊也ねぇは自分よりも十ツほど歳上の実姉。
伊也ねぇと俺の母親は一族同士の繋がりを強固にするために信田妻一族に嫁いできた白狐族だ。
白狐族は見事な白髪に宝石のような赤い目をしていて、黄土色の髪に茶色い瞳を持つ信田妻族でその容姿は珍しく、母親も最初は関係を築くのにとても苦労したのだとか。
その母親の血を強く引き継いだのか伊也ねぇの瞳は燃えるような赤い色をしていた。
一族の頭領というのはその種族の象徴でもあって、外見も種族の血が強く出ている者が選ばれる。伊也ねぇは生まれた瞬間から、次期頭領に選ばれる運命を絶たれた。
伊也ねぇは俺よりも頭領になりたがっていた。小さい頃からずっとオヤジの後をついてまわって仕事も手伝っていた。誰にでも平等に優しく、いつも朗らかで明るい伊也ねぇが変わったのは、俺が神託を受けて次期頭領に選ばれてからだった。