目を丸くして逃げようと手を引く千歳狐に、負けじとこちらも力を入れた。てこでも動かないつもりらしい。
たく、世話がやけるやつやな。
ガシガシと後頭部をかいて、両手で千歳狐の着物の襟を掴むと勢いよく自分の方へ引き寄せた。仕舞っていた耳を立ち上げて、耳の裏をそいつの頬に擦り付ける。
妖狐族が家族や親しい友人にする仕草だ。里の子供らにはよくそうやって頭を擦り付けられるけれど、自分からしたのは何年ぶりだろうか。
ぐりぐりと押し付けたあと顔を離すと、千歳狐はぽかんとした表情で俺を見あげていた。
「お前の身体には呪印が刻まれとるから、もう間違って誰かを傷付けることはない。だから安心せぇ……ちゅーても分からんか」
未だに間抜けな顔で俺を見上げるそいつ。
「大丈夫。もう大丈夫やから」
千歳狐の手を握ってそう繰り返す。次第に強ばっていた体の力が抜けていくのが目に見えてわかった。
「だい……じょ」
「おう。ダイジョーブや」
「だい、じょうぶ」
「大丈夫、大丈夫」
そいつが確かめるように柔く俺の手を握ったから、応えるように握り返した。