あの千歳狐は昨日と同じ離れで寝泊まりしているらしい。

朝餉まだやから持って行ったり、着替えもないからお前の貸したれ、と色々渡されてこれまた大きなため息を吐く。

部屋の前についた。手が塞がっていて襖が開けれない。


「おーい、千歳狐。開けてくれ」


外からそう呼びかける。反応はない。

無視するたァええ度胸やないけ、と頬をひきつらせたところで言葉が通じない相手だった事を思い出す。


「あー……せやったわ」


仕方なくつま先で襖を開ける。部屋の奥から風が吹いた。

奴は円窓のそばに立っていた。朝日を顔いっぱいに浴びて、汚れの知らない白髪が眩しいくらいに輝いている。窓枠に降り立った雀に鼻を寄せて嬉しそうに頬を崩していた。


「おい千歳狐、飯」


いつまでもこちらに気が付かないので背後まで近付いて声をかけた。

弾けるように振り向いた千歳狐は目を見開いて俺を見るとすっ転びながら後ろへ下がった。


「あー……俺は味方や、味方。分かるか? みーかーたー」


ああそうや、日本語通じへんねんやった。

ふはぁ、とため息を吐いく。

千歳狐は部屋の隅で体を丸めてじっと息を潜めている。今回はオヤジの呪印を もちゃんと効果を発揮しているらしく、いきなり怪し火が鳩尾に入ってくることはなかった。


「ほれ。俺、お前、イジメナイ」


自分と千歳狐を指さした後握手するジェスチャーをして見せた。