聖仁さんが鎮火祝詞を奏上する。それに合わせて瑞祥さんが手を打った。
凛とした高く伸びやかな瑞祥さんの声と、低く柔らかな聖仁さんの声。二人の声の音階が調和してひとつの歌を奏でるようだった。
「早馳風の神取り次ぎたまへ 早馳風の神取り次ぎたまへ 早馳風の神取り次ぎたまへッ!」
風神ノ祝詞、風を司る神の力を借りたい時に奏上する祝詞だ。
火が消えた途端、すかさず強い風が吹いた。煙を空に吹き飛ばす。一気に視界が晴れたその先に、白い背中を見つける。
木の上に佇むその背中に信乃くんが叫んだ。
「瓏ッ!」
泣きそうな声で名前を呼ぶ。白い背中が僅かに揺れた。黄金色の瞳がゆっくりとこちらを見据える。
「瓏、聞こえるか!? 一旦落ち着け! 森が燃えてる! 友達が逃げ惑ってる声が聞こえへんか!?」
能面のように感情を宿さない表情だ。
「瓏ッ、しっかりせぇ! 力に負けるな、自分がコントロールするんや!」
瓏くんは伏せた目をこちらに向けた。ほんの一瞬目が合って、無意識にヒュッと喉の奥が鳴る。
恐怖とは違うその感覚は、圧倒的な力を前にして竦む感覚と似ていた。金縛りにでもあったかのように指先すら動かせない。
九本の尾の先の怪し火が唸り声を上げて膨らんだ。