「急に連れてこられた場所に、こんなおばあちゃんがいてビックリしたでしょう?」
「そ、そんな」
「ふふ、正直な子ね」
茶目っ気たっぷりに微笑んだおばあさんに居心地が悪くて身を縮める。
おばあさんは姿勢を正した。
「初めまして、巫寿さん。私は泉井誉と言います」
「誉、さん────誉さま」
先程の男性が丁寧な敬称をつけていたことを思い出して慌てて言い直すと、おばあさんは小さく首を振った。
「誉さんで結構よ。今じゃただのおばあちゃんだもの」
うふふ、と笑った誉さんにちょっとだけ緊張がとける。
誉さん、と呼び直せば満足気に頷いた。
「それで誉さんは……。今じゃってどういうことでしょうか?」
今じゃ、ということは昔はそれなりの地位にいたということだ。
現役を退いたあとでも丁寧な敬称で呼ばれるということは尚更高い地位にいた方なのだろう。
「私は昔、奉日本誉と名乗っていました」
「たかもと────奉日本!」
繰り返したことで漢字変換が上手くいった。目を見開いて誉さんを見つめる。
奉日本、その姓を名乗っていいのはこの界隈ではただ一人だけ。かむくらの社の御祭神で最高位の神、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命に仕えるたった一人の巫女が名乗る名前。