白髪の彼だった。
窓からひょいと飛び降りた彼が着地すると同時に懐から形代を取り出した。
それを口に食んでから中に放り投げる。ポンッと音を立てて膨らんだ形代は意志を宿し自在に動く。
吸い込まれるように大百足に張り付けば、大百足の体から身を焼くような白い煙がじゅっと上がった。叫び声が響く。
白髪の彼が二度手を打ち鳴らした。
「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり」
一文目で直ぐに気がついた。
彼は息吹法をしようとしている。邪気祓いの効果がある祝詞だ。
でもさっきの恵衣くんと同様、息吹法程度じゃこの大百足を祓うなんて。
「御息を以て吹けば穢れは在らじ。残らじ。阿那清々し、阿那清々し────」
短い祝詞を奏上した次の瞬間、フゥッと深く息を吐き出した。
吹き出した息が形を変えて大きな風になるのが草木の揺れで見えた。高温の風だ。煽られた草木に火がついて葉が燃え落ちていく。
その風は大百足の体にまとわりつくと、その硬い皮膚をじゅわりと焼いた。頭の奥に響く叫び声。もがき苦しむ大百足が大地を揺らした。
車が激しく左右にガタガタと揺れて、慌てて窓枠を掴みその場に座り込む。
耳を劈くような断末魔が辺りいっぱいに響き渡り、やがて外で大きなものが倒れるような音がした。車ががたんと大きく弾み、沈黙が訪れる。