僕の足音が閑静な街にただただ響く夜。
僕は、行く当てもなくひたすら歩いていた。立ち止まるより歩いている方がまだマシだった。

ザァー
僕の心を反映したかのように僕の周りだけ雨が地面を打ち付けた。歩き疲れて、全身がびしょ濡れ状態のまま近くの雑居ビルの前に座り込んだ。
「ねぇ、大丈夫?」
「え、」
ふと顔を上げると傘を差した明るくて元気が良さそうで美人の顔を持った高校生の女の子が、いた。同い年くらいだろうか。
「大丈夫、です」
そう言って、僕は立ち去ろうとした。でも、それを彼女は引き止めた。
「ねぇ、今からうちに来ない?」
しばらくその言葉を飲み込むことができなかった。あまりにも唐突で名前も知らない彼女にそう言われたのだった。
「行く」
何故か自分の気持に反してそう言ってしまった。



「じゃあ付いて来て」
そう言われて着いたのは、高級マンションの一室だった。
リビングには、彼女の幼き頃だと思わせる子供の写真と両親とのツーショットだった。僕の視線に気がついたのか彼女は言った。
「それは、私と私の両親だよ。両親はね、9年前、強盗に遭って殺されちゃったんだ」
9年前だとすると僕は7歳くらいか。そんなに早くに亡くしたんだ。
部屋の中を散策していると、幼い頃に撮られた写真はたくさんある。なのに、最近のは無い。そのことに、違和感を覚えた。ただの気にし過ぎと思うことにした。


遠慮していたご飯ができあがり、テーブルに並べ終わり彼女に聞かれた。
「君、名前は?」
「梨央(りお)。松波梨央」
「へぇー、いい名前。私はね春野馨(はるのかおる)って言うんだー。よろしくね~」
「よろしく」
ボソッと呟いた言葉が彼女ー馨さんには聞こえたのかうん!と元気よく言った。

「じゃあ、ご飯食べよっか」
馨さんが言った言葉を被せるように僕と彼女のお腹の音が鳴った。思わず、僕は笑ってしまった。久しぶりの笑いだった。
「笑ったな?」
彼女もそう言いつつ、屈託のない笑顔で笑っていた。



ご飯は、僕の家で出るよりずっとずっと豪華だった。
洋風のハンバーグ、ポテトサラダ、白米、味噌汁。僕の家は、腐ったパンの耳で毎日が終わる。僕の家は、すごく変わっていた。両親は健在。でも、両親ともに仲が悪く当てつけは僕と2つ下の弟に向けられる。はっきりいうと、虐待だ。母も父も僕らを殴っては、楽しそうにケタケタと笑っていた。弟は、ある日邪魔だと突き飛ばされ頭を強く打ち今も意識不明だ。警察は、2人を逮捕しようとしたけれど海外に逃避行したようだ。
「どう?」
馨さんにそう言われ食べてみた。その味はとてもとても美味しかった。
「美味しい」
「良かった!」
僕は、彼女の屈託のない笑顔に心を奪われた。



ご飯を食べたあとは、お風呂に勧められた。
久しぶりに、湯船に浸かった。でも、傷つけられた古傷はかすかに痛んだ。

風呂から出ると着替えがおいてあった。自由に着て良いのだろうか。そう思いつつ、トランクスを履きスウェットを着た。
彼女は、デザートにアイスを作ってくれていた。作っている間、「お風呂入ってくる」といい入っていった。



デザートは、最高に美味しかった。
夜、ベットが1つしか無かったから2人で眠ることになった。

「ねぇ、私と一夜限りの恋といけないことしない?」