「志摩、音楽が得意なの?」
進路調査面談でいきなり言われた言葉に私は面食らった。
面談室は、静かで壁もない。長机とソファがあるだけだった。保健室の隣に作られたそれは、まるで建設途中で出来た空きスペースを無理に部屋にしたような作りで、窓がない、真っ白な細長い部屋だった。
不登校の子や、別室登校の子がここで授業を受けたり、スクールカウンセラーの話を聞いたりするらしい。私がこの場に来たのは進路調査が初めてだった。
息が詰まりそうな空間に、息が詰まって学校に来れない子供を押し込めるのはどうしてなんだろう。
外的刺激から守る代わりに、内的刺激も抑制するような空間に入れられるのはいじめられた側であっているんだろうか。
「音楽、ですか」
「第1志望校、芸術コースのある高校だったから、もしかしてそうなのかなって」
「部活でやってたトランペット、好きなんです」
本当は音楽は普通くらいの好きだった。
発表会に行けと言われるから参加する、他人に任せの好きだった。
芸術コースを志望する理由は、寮があってこの町から離れるためには両親も納得するいい進路だから。
この町から、3年2組から離れるには、ピアノだろうが踊りだろうがなんだってするつもりだった。
「トランペットねぇ。もう引退した?」
「はい、受験なので。吹奏楽コンクールも出るつもりないです」
部活だって、私をみんな腫れ物扱いをするから居ないほうがコンクールに向けて集中できるはずだと、そう思って2月には退部していた。両親には内緒で。
「ソロコンテスト、出てみない?僕、伴奏したい」
「え?」
先生は机の上に描かれた薄っぺらい進路調査表をとんとん、と万年筆で叩いた。
「ソロコンテストなら、実績にも残るし、推薦枠も取りやすくなるんじゃないかな。悪い話じゃないはず」
あと、少し声を潜めて、私を手招きする。机ひとつ分の距離を詰めるように私たちは耳と口元を近づけた。
「実は、志摩のトランペット、聴いたことあるよ。僕が好きな音色だった。絶対、1位を取れるよ」
かさかさ、と葉が擦れて体がむずむすするような声だった。生ぬるい風が鼓膜を震わせる。
そして私の鼓膜から脳を伝って響く。
この人に必要とされている、その事実が、私の心をくすぐった。
私は、
「はぁ」
と嬉しさを隠すために曖昧に返事をしながら
トランペットを収納した、クローゼットの事を思い出していた。