◇◇◇

「おはよう」
目を開けると、目の前には、そう言って微笑む女の子がいた。
「わっ!」
「あ……そんなに驚かないで。貴方は久々のお客さんだもの」
思わず後ずさった僕を女の子はじっと見つめていた。
その子の瞳は、まるでフィクションのような紫紺色。宝石のように美しかった。
「にしても貴方、不思議な服を着てるのね。どこか、異国から来たの?」
「いや、違うけど……」
そう言う彼女の服は、言われてみれば、着物だった。藤色の生地に、金色の蝶と花の刺繍がされた着物と、紅色の袴。
それに比べて、僕はパーカーとジーンズという明らかに現代のカジュアル系ファッションだ。
「じゃあ、家は?」
「……わからない」
「自分の名前はわかる?」
「名前…… 一ノ瀬(いちのせ)(たまき)
僕に質問しながら興味深そうに見つめてくる女の子の顔は、綺麗に整っていた。
大きな二重の瞳はアメジストのよう。漆黒の長い髪は、袴と同じ色の髪飾りで結われている。
すごく綺麗な、女の子。
「自分の名前はわかるのに、家はわからないなんて、変なの」
「………」
そう言ってからかう彼女に、僕は何も言い返せない。なんて惨めな姿だろう。
「でも、今更探すのも面倒だよねぇ……」
女の子は顎に手を当て、考えるような素振りを見せると、すぐに「あ!」と声を出して立ち上がった。
「ねぇ、環くん。帰る場所がないなら、私達の“家”においで」
「家……?」
「そう。服も貸してあげられるし、たぶん、みんな歓迎してくれる」
月明かりの下、女の子は僕にそう言って、手を差し伸べた。
「私、桜梅(さくらうめ)(かずら)。よろしく、環くん」