「ねぇキスしてよ」


これが私の精一杯の抵抗だった。



真っ黒な夜道、街灯だけを頼りにして。

「何言ってるの?するわけないよ、俺彼女いるんだから」

1ミリの迷いもなく返って来た。

そう言われるってわかってたけど、気にしない顔で前を見て歩いた。


そんな真面目なところが好き。


ついでにさりげなく歩道側を歩いてくれるのも。

(まき)、酔ってるでしょ?飲み過ぎだよ、気を付けなよね」

「今日はおめでたい日だったから飲み過ぎちゃったの!」

いつものメンバーで集まって、盛り上がっちゃって二次会まで行っちゃった。お酒も進んで気付けばこんな時間で明日になる前に帰ろうかって、私が言わなきゃまだ続いてたかもしれない。

「だって市野(いちの)に彼女が出来たんだから」

ねって隣を歩く市野を覗き込むように下から見ると、照れ臭そうに眉をハの字にして笑ってた。

「大袈裟なんだよみんな、ちょっと彼女出来たぐらいで騒いじゃって」

「そんなことない!市野に初めての彼女が出来たとなればみんな張り切っちゃうから!」

ふふってグーにした右手を当てながら笑ってた。


今何を思って笑ってるのかな?

彼女を思い出して笑ってるのかな…


スッと視線を逸らして前を向いた。


私はたぶん笑えてないから。

あぁ、どんどん力が抜けていく…
ぶらんってただ下がった手は揺れているだけ、それが虚しくて。


どうしよう。
次に話す言葉が出て来ない。


「あ、コンビニ」

何もなかった帰り道やっと1つコンビニが見えて来た。

「ねぇコンビニ寄ろ!アイス食べない!?」

夏が始まった7月の夜はじわじわと暑い。お酒飲んだせいでなんならいつもより暑いし。

きっと断る理由なんてないと思って、吸い込まれるようにコンビニの方へ歩き出した。