毎日毎日、送れないメッセージだけが増えていく。こうやって言葉にしないと、悲しくて苦しくて自分が壊れてしまいそうだから。
 俺は毎日毎日、送れもしないメッセージを書き続けている。

 奏、元気にしているか。俺は、それなりに生きてるよ。
 出会った日を覚えているか。ノアを助けたあの時だ。奏はあのとき、俺のことをただの猫好きだって思ったかもしれないけど。俺さ、別に猫は特別好きなわけじゃない。そうじゃなくて、あの時、俺は必死になってノアを助けようとしてた奏に惹かれたんだ。奏と友だちになりたくてノアを助けて、奏と一緒にいたくてノアを引き取った。こんなこと言ったら、ノアは怒るだろうな。奏と一緒に過ごせるようになって、つまらなかった毎日が宝みたいに輝いて。だから、ばあちゃんが死んで別れなくちゃいけなくなったときは本当につらかった。けっこう好きだったばあちゃんが死んだ時よりも、奏と別れたときの方がつらかった。
 俺の世界から、奏が奪われる日が来るなんて信じられなかった。
 まだ子供だった俺は、奏に俺のことをどうしても覚えていてほしくて、忘れてほしくなくて、だけどこの気持ちをうまく言葉にできるほど器用でもなくて。抱えきれない想いを伝えるようにおまえの額にキスをした。

 中学の頃はどうしようもなく寂しくて、奏と会えなくなった寂しさを紛らわせたくて馬鹿みたいに騒いだり、夜の町をうろうろ徘徊して補導されたことは何度もある。そのたびに親を困らせて、喧嘩して、もとからよくなかった母親との仲はどんどん悪化した。俺はますます家に居つかなくなった。

 高校に入って奏に再会して、すごく嬉しくて。それこそ今すぐ抱きしめてしまいそうになるくらいに。だけど、奏があまりにも奏のままだったから、今の俺が声をかけてはいけない気がして忘れたふりをした。
 だから奏から話しかけてきたときは、心が震えるほど嬉しかったのに、たくさん話しがしたかったのに、覚えてないふりをした。
 それがすごく悲しくて、苦しくて、心の底から自分で自分を恨んだよ。
 だから、これからは奏に釣り合う人間になれるよう、必死で自分を変えようとした。変えようとしたけど、だめだった。
 
 突然学校に来なくなって驚いただろ。母親が倒れてさ、家から出ていかなきゃいけなくなったんだ。ばあちゃんの家も手放さなきゃいけなくなった。罰が当たったんだと思った。母さんは俺のために必死に働いていてくれたのに、俺は自分のことしか考えられなくて少しも歩み寄ろうとしなかったから。
 最後にノアを見つけたのは、ばあちゃんの家を明け渡す前の最後の夜だった。
 
 あの夜のことを覚えているか。忘れてくれって言ったけど、覚えていてくれたら嬉しいと思う。俺だって、忘れたりなんかしない。忘れられるわけがない。抱きしめた華奢な体も、匂いも、触れた頬の柔らかさも全部鮮明に覚えている。どこまでも暗い俺の人生の中で、おまえだけがいつもまぶしかった。
 奏は俺の宝だった。出会った時からずっと。
 本当はあの夜、奏のことを自分のものにしたかったんだ。あのまま奏のすべてを手に入れることが出来たら、どんなに幸せだったかな。
 だけどやっぱりだめだって。また一緒にいられなくなるからって必死に想いを押し殺して、殺して、それがたまらなく苦しくて。どうしても奏に触れたくて。 
 俺にとって、あの一瞬は花火みたいに熱くて、鮮やかに輝く大事な思い出だ。あの一瞬を永遠にかえて、俺はなんとか日々を過ごしている。
 
 いつか奏と再会できる日が来たら、その時は、もう一度抱きしめても許されるかな。

 奏、もう一度会いたい。

「旭、誰と連絡をとってるの? 高校の頃の友達?」
 浅い眠りから起きた母さんが尋ねてくる。
「そんなとこ」
「悪いことしたわね、卒業式にも出られなかったんでしょう」
「仕方ないさ、母さんの体の方が大事だろ」
「あんたがそんなこと言うようになるとはね。私たち、いい親子じゃなかったよね」
「これから悪くない親子になればいいだろ」
「そうね」
 母さんが嬉しそうに笑う。これで間違ってなかったと思う。今の俺なら、奏の隣に立っていてもいいような気がする。
 まだメッセージを送る勇気はないけど。
 もしもこの先、もう一度奏に出会えることがあったら、その時は伝えたいことがある。

 君のことがずっと好きでした。