次に目が覚めたとき、私は家で寝ていた。

 最後の記憶は、あのお店でストロベリームーンを見ながらカクテルを飲んだところまで。

 酔っぱらって帰ってきてしまったのかと思って、バーテンダーさんに迷惑をかけていないかと慌ててお店まで向かったけれども……。

「あれ? バーが、ない……?」

 昨日バーがあったはずの場所には、時間貸し駐車場があった。

 ううん、違う。
 私の記憶が正しければ、そこは最初から駐車場で……。

 じゃあ昨日のバーでの出来事は、夢だったのかな……。

 駐車場を前に呆然としていると、不意に声をかけられた。

「バーテンダーさん!!」

 振り返ると、私と同年代くらいの見知らぬ男性が、駐車場と私を見比べて目を丸くしていた。

「わ、私はバーテンダーじゃありませんけど……?」
「す、すみません! 昨日のバーテンダーさんと同じ服を着ているので、つい同じ人かと……」
「バーテンダーの服……?」

 彼の言う通り、私は昨夜バーで貸してもらったバーテンダーの衣装を着たままだった。
 ということは……。

「昨日のバーは夢じゃなかったの?」

 混乱していたので、つい考えが口に出てしまったらしい。
 好奇心を抑えきれない様子の男性が、私に問いかけて来た。

「あの、突拍子もないことをお伺いするのですが……。昨日こちらにバーがありませんでしたか?」
「あ、ありました!」
「やっぱり!? ありましたよね!」
「私、そのバーでこの服を借りていたんです……!」
「じゃあ僕たちがここで見ていたのは、何だったんだろう……」

 そう言えば、衣装を借りたときにバーテンダーさんが言っていたことを思い出した。

『服はあげるよ。きっと返してもらう機会はないと思うから』

 それはまるで、翌日のこの場所にバーが存在しなくなることを、あらかじめ知っていたからのようで……。

「あの……。昨日のバーのことで気づいたことがあるので、聞いてもらえますか?」
「あ、えっと……お願いします! 僕も何がなんだか分からなくて……」

 最初は私からの提案にびっくりしていた男性だけれども、昨日のことが気になってしかたがなかったらしい。
 私たちは近くにあったカフェで、昨夜の出来事の情報を交換した。

「昨日は彼女に振られてしまって……。落ち込んでいたところを、バーテンダーさんが励ましてくれたんです」

 彼は、私と同じくらいの時間にバーを訪れたと言う。
 彼を出迎えたのは女性のバーテンダーさんだったらしい。
 きっと、私が今着ている衣装の持ち主なんだろう。

 私たちは同じ時間に、同じ場所にいたはずなのに……。
 どうして店内で出会わなかったんだろう。

 それに、バーがなくなっているのは、どうして……?

「起きたら家にいたので、改めてお礼を言うと思ったんですが……」
「実は私も同じなんです」

 そこまで話して、私はハッとした。
 バーテンダーさんからカクテルをもらったとき、こんなことを言っていた気がする。

『これを飲むお客さんにも新しい恋が訪れるよ』

 まるでバーテンダーさんには、こうなることが分かっていたようで……。

「昨晩のバーについて考えたんですけど、不思議なことを言ってもいいですか?」
「はい。もう十分不思議な出来事に遭遇しているので、不思議体験の共有者としてのご意見を知りたいです」

 そう言って微笑む男性に、私はほっとする。

「もしかしたらあのバーは……」

――新しい恋を実らせる、ストロベリームーンの神様のお店だったのかも。

 なんてことは恥ずかしくて言えないので、少しだけ控え目に伝えることにした。

「神様のお店だったのかもしれないって、思いませんか?」
「そうですね。僕たちくらいはそう思っても、良いと思います」

 そう言って、私と彼は自然と微笑みあった。
 この人となら、気が合いそうな気がする。
 そうだ。次はいい人がいたら積極的に行こうって、昨日決意したんだ。

 グラスの中の氷が解けて響いたカラン……と言う音が、まるで私を勇気づけてくれる合図のように感じられる。

 そうだ。昨夜口にしたストロベリームーンの恋のスパイスの感覚を思い出だそう。

「「あ、あの……」」

 勇気を出そうとしていた私の顔は、きっと真っ赤になっていたのかもしれない。
 目の前の彼も、似たような状態になっているから。
 そんな風にお互い似たような状況だからか、私たちの声は被ってしまったんだろう。

 どうぞどうぞと譲り合っているうちに、またお互いおかしくなって二人で笑い始めた。

「ふふ、私たち気が合いそうですね」
「僕もそう思っていたんです」

 一通り笑いが収まると、私と彼は顔を見合わせて再び微笑んだ。

「あ、あの。こんなこと言うの、急だと思うんですけど……」

 また、彼と私の目が合った。
 ドキドキと心臓が鳴っている気がする。

 この人と話していると楽しくて、もっと一緒に話していたい。
 目の前の彼も、そう思ってくれているのかな。
 そうだと良いな……。

「良かったら僕とお付き合いして頂けませんか?」
「! はい! お願いします!」

 彼も同じことを考えてくれていたことが嬉しくて、とびっきりの笑顔を見せる。
 すると、彼も嬉しそうに微笑んでくれた。

 私たちはカフェを出ると、二人で空を見上げる。

 雲一つない真昼の青空には、昨日バーで見たストロベリームーンは浮かんでいないけれども……。

 私たちを繋いでくれた恋の神様に、そっと、ありがとうを告げた。

~了~