引き止めようとした海音の頬に蛍流が口付ける。海音の力が緩んだわずかな隙をついて、蛍流は絡めた手を離してしまうとゆっくりと離れてしまう。
そうして顔を引き締めると、蛍流はこの場に残る青龍の神気を吸収し続ける昌真に向き直る。昌真の手の中の水晶球は何度も青灰色と浅葱色の明滅を繰り返していた。もしかすると水晶球の中で清水も必死に抗っているのかもしれない。
「青龍!」
蛍流の金玉の声が水を含んだ空気を震わせる。その声で顔を上げた昌真は不快感も露わに眉根を寄せる。
「どんな咎も罰も引き受けよう。未来永劫、この地に縛られ、七龍に隷属したって良い。この身と魂をお前に捧げよう。だから頼む、もう一度おれを形代に選んでくれっ! その代わり、茅晶兄さんを赦して、海音を解放して欲しい! 今度こそ青龍としての役目を全うする。もう二度と逃げ腰になることも、弱気にもならない! 先代のような青龍になると誓う。おれの元に戻ってきてくれ! そんな水晶球くらい、神に属する青龍ならいとも簡単に抜け出せるはずだ!!」
「馬鹿なことを。これは黒龍が生み出した七龍の力を奪う水晶球。この中に閉じ込められた七龍は徐々に力を吸収され、やがて自我を保てなくなる。青龍に逆らった離反者の戯言を聞くはずがあるわけ……」
「私も捧げます! この身体がどうなったって構いません! 命だって惜しくありません! もう元の世界に帰りたいなんて言いません! だからどうか蛍流さんと昌真さんを解放してください!!」
「海音……っ!?」
残っていた涙を手の甲で乱暴に拭った海音はすっかり魂消てしまった蛍流の腕に掴まりながら、「さっき言いましたよね」と何とも無いように明るい調子で返す。
「この命が続く限り、ずっと一緒にいます。もう絶対に蛍流さんを一人にはしません」
「だが……」
「……後悔していたんです。蛍流さんに想いを告白された時にそれを断ってしまったこと。もしあの時に正直に自分の気持ちを打ち明けていたのなら、こんなことにはならなかったかもしれないのにって。こうなってしまった原因の一つは私にあるんです。それなら罰を受けるのは私です。蛍流さんだけに全ての責任を背負わせません」
いつかのようにきつく咎められ、冷たく突き放されるかと思ったが、蛍流は「まったく……」と呟いただけであった。
「……再会した時もそうだったが、お前は無茶ばかりするのだな。少しくらいは周りの気持ちも考えてくれないか。何度おれの肝を冷やせば気が済むのだ。その行動力はどこにある」
「そんなのとっても簡単です。私が蛍流さんを愛しているからです。たとえ青龍と伴侶じゃなくなっても、この身体が七龍の神気に蝕われて跡形も無く消えてしまったとしても、私が蛍流さんを愛する気持ちに変わりはありません。そういう蛍流さんだって、一人で何でも抱え込もうとするのは止めましょう。見ていて気を揉みます」
「そっ、そうか。これからは善処しよう」
どこか気恥ずかしそうに海音から目を逸らした蛍流だったが、やがて掌を海音に差し出す。
「……それならおれの手を握りしめてくれないか。そして何があっても離さないで欲しい。最期の瞬間までお前を感じていたいのだ。この命が閉じ、意識が無くなるその時まで。力が抜けて、冷たくなるまで師匠の手を握りしめていたように」
「勿論です。もう離しません」
「ああ。そうしてくれ。これからおれたちは一蓮托生の仲だ。住む世界が分かれ、互いに忘れていても、か細い縁を頼りに再び星の下に出会えた。これを運命と呼ばずして何と呼ぶ。もう二度とこの手を離すものか。共にこの窮地を脱しよう」
蛍流と指を絡めて離れないようにしっかり握りしめると、唇をぎゅっと固く結びながらどこか眩しいものを見るように目を眇めていた昌真に顔を向ける。
そんな海音たちの態度が気に入らなかったのか、昌真の後ろに控える激憤と怨念の塊ともいうべき黒龍が凄みを利かせながら獣のように吠え出したが、傍らの蛍流が勇気を奮い立たせてくれた。一人だったらきっと黒龍の恫喝に怯んで、脱兎のごとく逃げ出していただろう。それだけ黒龍から発せられる憎悪の圧は苛烈だった。臆病風に吹かれて気後れする心を叱咤して、蛍流と共に昌真と黒龍に歩を進める。
海音たちが黒龍を睨みつけた瞬間、黒龍は威嚇するように咆哮し、そして暴風雨を発生させる。蛍流が力を暴走させた時よりも激しい風雨に身体が吹き飛ばされそうになると、すかさず蛍流が手を引いて抱き寄せてくれた。海音もしっかり蛍流の身体を掴んで、互いに支え合いながら目前の昌真と黒龍へ向かう。
そうして繋いだ掌と震える足に力を入れながら、再び黒龍を凝視したのだった。
「青龍、おれたちはここに誓う。この地で青龍の形代とその伴侶として身命を賭すと。もうお前の意志に逆らうような真似はしない。生まれ育った世界を捨て、この世界の一員となろう。この国と民がより良い生活を送れるように従事する。この地を守る守護龍として、これからもおれたちに力を貸してくれないか。お前たちが守ってきた世界をおれたちにも守らせて欲しい!」
「何度も言わせるな。そんな戯言を青龍が聞くはずが……」
鼻を鳴らして昌真が嘲笑した瞬間、音を立てながら水晶球にひびが入る。そしてあっという間に水晶球全体にひび割れが広がったかと思うと、雨雫のような細かな破片となって砕け散ったのだった。
「なにっ!?」
戸惑う昌真の掌から天に向かって浅葱色の光が放たれたかと思うと、威厳ある声が辺りに響き渡る。
――その宣言を二度と違えること勿れ。我は其方らを認めよう。新たな青龍の形代とその伴侶よ。
そうして顔を引き締めると、蛍流はこの場に残る青龍の神気を吸収し続ける昌真に向き直る。昌真の手の中の水晶球は何度も青灰色と浅葱色の明滅を繰り返していた。もしかすると水晶球の中で清水も必死に抗っているのかもしれない。
「青龍!」
蛍流の金玉の声が水を含んだ空気を震わせる。その声で顔を上げた昌真は不快感も露わに眉根を寄せる。
「どんな咎も罰も引き受けよう。未来永劫、この地に縛られ、七龍に隷属したって良い。この身と魂をお前に捧げよう。だから頼む、もう一度おれを形代に選んでくれっ! その代わり、茅晶兄さんを赦して、海音を解放して欲しい! 今度こそ青龍としての役目を全うする。もう二度と逃げ腰になることも、弱気にもならない! 先代のような青龍になると誓う。おれの元に戻ってきてくれ! そんな水晶球くらい、神に属する青龍ならいとも簡単に抜け出せるはずだ!!」
「馬鹿なことを。これは黒龍が生み出した七龍の力を奪う水晶球。この中に閉じ込められた七龍は徐々に力を吸収され、やがて自我を保てなくなる。青龍に逆らった離反者の戯言を聞くはずがあるわけ……」
「私も捧げます! この身体がどうなったって構いません! 命だって惜しくありません! もう元の世界に帰りたいなんて言いません! だからどうか蛍流さんと昌真さんを解放してください!!」
「海音……っ!?」
残っていた涙を手の甲で乱暴に拭った海音はすっかり魂消てしまった蛍流の腕に掴まりながら、「さっき言いましたよね」と何とも無いように明るい調子で返す。
「この命が続く限り、ずっと一緒にいます。もう絶対に蛍流さんを一人にはしません」
「だが……」
「……後悔していたんです。蛍流さんに想いを告白された時にそれを断ってしまったこと。もしあの時に正直に自分の気持ちを打ち明けていたのなら、こんなことにはならなかったかもしれないのにって。こうなってしまった原因の一つは私にあるんです。それなら罰を受けるのは私です。蛍流さんだけに全ての責任を背負わせません」
いつかのようにきつく咎められ、冷たく突き放されるかと思ったが、蛍流は「まったく……」と呟いただけであった。
「……再会した時もそうだったが、お前は無茶ばかりするのだな。少しくらいは周りの気持ちも考えてくれないか。何度おれの肝を冷やせば気が済むのだ。その行動力はどこにある」
「そんなのとっても簡単です。私が蛍流さんを愛しているからです。たとえ青龍と伴侶じゃなくなっても、この身体が七龍の神気に蝕われて跡形も無く消えてしまったとしても、私が蛍流さんを愛する気持ちに変わりはありません。そういう蛍流さんだって、一人で何でも抱え込もうとするのは止めましょう。見ていて気を揉みます」
「そっ、そうか。これからは善処しよう」
どこか気恥ずかしそうに海音から目を逸らした蛍流だったが、やがて掌を海音に差し出す。
「……それならおれの手を握りしめてくれないか。そして何があっても離さないで欲しい。最期の瞬間までお前を感じていたいのだ。この命が閉じ、意識が無くなるその時まで。力が抜けて、冷たくなるまで師匠の手を握りしめていたように」
「勿論です。もう離しません」
「ああ。そうしてくれ。これからおれたちは一蓮托生の仲だ。住む世界が分かれ、互いに忘れていても、か細い縁を頼りに再び星の下に出会えた。これを運命と呼ばずして何と呼ぶ。もう二度とこの手を離すものか。共にこの窮地を脱しよう」
蛍流と指を絡めて離れないようにしっかり握りしめると、唇をぎゅっと固く結びながらどこか眩しいものを見るように目を眇めていた昌真に顔を向ける。
そんな海音たちの態度が気に入らなかったのか、昌真の後ろに控える激憤と怨念の塊ともいうべき黒龍が凄みを利かせながら獣のように吠え出したが、傍らの蛍流が勇気を奮い立たせてくれた。一人だったらきっと黒龍の恫喝に怯んで、脱兎のごとく逃げ出していただろう。それだけ黒龍から発せられる憎悪の圧は苛烈だった。臆病風に吹かれて気後れする心を叱咤して、蛍流と共に昌真と黒龍に歩を進める。
海音たちが黒龍を睨みつけた瞬間、黒龍は威嚇するように咆哮し、そして暴風雨を発生させる。蛍流が力を暴走させた時よりも激しい風雨に身体が吹き飛ばされそうになると、すかさず蛍流が手を引いて抱き寄せてくれた。海音もしっかり蛍流の身体を掴んで、互いに支え合いながら目前の昌真と黒龍へ向かう。
そうして繋いだ掌と震える足に力を入れながら、再び黒龍を凝視したのだった。
「青龍、おれたちはここに誓う。この地で青龍の形代とその伴侶として身命を賭すと。もうお前の意志に逆らうような真似はしない。生まれ育った世界を捨て、この世界の一員となろう。この国と民がより良い生活を送れるように従事する。この地を守る守護龍として、これからもおれたちに力を貸してくれないか。お前たちが守ってきた世界をおれたちにも守らせて欲しい!」
「何度も言わせるな。そんな戯言を青龍が聞くはずが……」
鼻を鳴らして昌真が嘲笑した瞬間、音を立てながら水晶球にひびが入る。そしてあっという間に水晶球全体にひび割れが広がったかと思うと、雨雫のような細かな破片となって砕け散ったのだった。
「なにっ!?」
戸惑う昌真の掌から天に向かって浅葱色の光が放たれたかと思うと、威厳ある声が辺りに響き渡る。
――その宣言を二度と違えること勿れ。我は其方らを認めよう。新たな青龍の形代とその伴侶よ。