「……っ! その黒い稲妻は黒龍かっ!?」
「ほぅ。さすがに黒龍の気を感じ取るくらいの力は残っていたか。各地を放浪し、日を追うごとに増していく七龍への怒り。七龍に絶大な信頼を寄せているこの国の愚かな民草どもでは話しにならない。積もりに積もった激憤を抱えていた俺の目の前に突如として現れたのだ。この国を造りし双龍の片割れ、全ての生き物に安息を与える闇を生みし黒き原初の龍――黒龍がな」

 茅晶が黒龍と口にした瞬間、茅晶の背後にひと際大きな黒い龍が姿を現わす。姿や大きさこそ青龍である清水と同じだが、その名の通り全身が宵闇に紛れてしまいそうな闇色をしていた。
 ブラッドストーンを彷彿とさせる光沢のある黒い鱗とその中に時折混ざる血のような赤は静穏な夜のように美しい反面、ギラギラと光るその様が内包する茅晶の憤怒を表しているようでどこか空恐ろしい。黒々とした大きな目には茅晶と同じように蛍流たちを蛇蝎視するような赫怒と積怨を含んでいるような気さえして狼狽えそうになる。
 
「その黒龍がどうして茅晶さんに手を貸すんですか? だって黒龍はこの国を造った龍ですよね。茅晶さんが七龍を恨んでいる以上、黒龍からしたら茅晶さんは自分を害する敵なのに……!」
「……創世の二龍と呼ばれる白龍と黒龍が作り出した五龍には、それぞれ治める土地がある。そしてその土地では自分たちの営みを守ってくれるその土地の七龍を深く信仰する風習がある。青龍が治める青の地では、青龍が信仰されているように。しかし黒龍には土地が無ければ、自分を信仰する民もいない。同じ創世の頃より存在する白龍には白龍を祀る宮があるというのに……。どうしてか分かるか?」
「どういうことなんですか……?」
「人は先も見えない深い闇を恐れる。闇は安らぎと安息を与えると同時に人を孤独にさせてしまう。真っ暗な無の中に取り残された生き物は孤独から不安と恐怖を生み出し、正常な判断力を失う。そして狂人の如く荒れ狂うとされている」

 海音の疑問に晶真が抑揚の無い話し方で滔々と答えてくれる。
 
「そんな闇を恐れた古の民たちは黒龍を祀らず、黒龍に居場所を与えなかった。居所を持たない黒龍は各地を転々としながらも、民に信仰されている六龍と自分を追放した民たちを恨んだ。そんな黒龍が抱える憎しみと俺の感情が共鳴した」

 晶真の怒気を帯びた双眸が怪しく光ったかと思えば、黒龍が肯定するように大きな顎を開けて鋭い歯を露わにする。獣を彷彿とさせる犬歯に海音の身体が自然と縮み上がってしまう。
 
「故に俺たちは結託してこの国から七龍の加護を奪うことにした。全てが暗黒に包まれた世界で民がどうもがき苦しむか、そして七龍に頼れない状態でどう国の混乱を立て直すのか、良い見せ物だと思わないか?」
「何を馬鹿なことをっ……! そんなこと、他の七龍と形代たちが許すはずないだろう……!」
「何故、そう決めつけられる? 自分と七龍の意思が同じであったとしても、他の形代や七龍たちも同じ意思だとは限らない。人の心を推し量る方法など存在しないのだから」
「他の龍や形代たちの中に、茅晶と同じ考えを持つ者がいると言いたいのか?」
「あくまで可能性の話だ。だが実際に黒龍は他の六龍たちと違う。黒龍の形代に選ばれた俺もな。さて、もういいだろう。青龍はこちらの手中に収めた。この山に残る青龍の力を取り込んだ後は、すぐに残りの五龍も捕らえに行くとしよう。そうすれば事態を重く受け止めた白龍も姿を現わすに違いない」

 わざと眉を上げて首を傾げながら冷笑する昌真に手も足も出せず、海音は唇を噛みしめながら強く掌を握りしめることしか出来ない。何か方法はないのかと考えていると、突然目の前の蛍流が背筋を正したのでハッとしたように視線を移す。
 何か決心したのか何度も深呼吸を繰り返す蛍流に向かって、つい「蛍流さん……?」と呼びかけてしまったのだった。

「海音……すまないがおれの手を握ってくれないか?」
「手、ですか……?」

 すっかり鱗に包まれた手を差し出せば、蛍流も同じように浅葱色の鱗に覆われた手を出して握り返してくれる。ハッとして海音が顔を上げれば、振り向いた蛍流はどこか泣きそうな顔をしていた。