「其方はずっと口にしていたではないか。『自分は伴侶になれない』、『伴侶ではない』と。何故、最初から諦めるのだ?」
「それは……和華ちゃんが伴侶だって聞いていたからで……」
「そうでは無い。何故、伴侶になれないと最初から決めつけてしまう。本当に半身を慕っているのなら、他者と争ってでも伴侶の座を奪うくらいしたらどうなのだ。半身が其方を伴侶に望んだように、其方も伴侶になりたいと望めばいいだけのこと。かつて母君の病気快癒を神頼みしたように。其方は自身に関する願望は無いのか。何故に我欲を持たぬ?」
「決めつけてなんていません! 青龍の伴侶は青龍さまが決めると聞きました! つまり伴侶を選ぶ基準というのは青龍である清水さま次第であって、自分でどうこう出来るものでは無いからです! 我欲なんてあったって意味無いからで……」
「先程から我はこう言っている。『伴侶としての素質を持つに値する』と。我は誰よりも半身に相応しい其方を伴侶に選びたいところではあったが、其方自身が伴侶であることを否定してしまった。其方の心に巣食う迷いと曇りに呼応して鱗は広がり、とうとう伴侶としての資格を喪失した。無論、其方の意志を曲げて伴侶に選ぶことは容易いが、それでは半身のためにならない。我が求める伴侶は半身の心を理解して、孤独を癒す者。いずれ同じ時間の中に取り残される半身の心身に寄り添い、うら淋しさを温めてくれる者でなければならぬ」
伴侶自身の気持ちを無視して形代と番わせたところで、関係が上手くいかないのは想像に難く無い。
重ねた年月の分だけ二人の間に溝や蟠りが生じ、無限にも近い時間を割り切れない気持ちを抱えて夫婦として生きていくのは酷であろう。
「伴侶には誰よりも半身の人恋しさを慰めたいという我情と、そのためならば半身と共に周囲と異なる隔絶された時間の中で生きていくという覚悟を持たねばならぬ。されど其方にはそのどちらも欠けている。それでは我は其方を伴侶には選べない。半身のためにならないからだ」
清水たち七龍にとって大切なのは自らの力と人の世を繋ぐ形代たち――蛍流たちであって、伴侶はあくまで半身たちが自らの務めを果たすために必要なおまけの存在。
全てを捨てて人の世から離れ、人でありながらも人とは異なる時間を生き、そして神に最も近い存在となる形代たちが、同じ時間を繰り返す中で目的を見失わず、つつがなく形代の役割を果たすためだけに七龍が用意するいわば道具。本来であれば伴侶はいなくても良いが、何も変化の無い同じ時間を生きる中で形代たちが人の心を見失い、思考を放棄した物言わぬ人形と化さないために、同じ気持ちと孤独を抱える者として形代の対となる伴侶を用意する。
形代の最たる理解者にして、最愛で結ばれる夫婦となる伴侶は、決して形代を裏切るようなことがあってはならない。一度心を傾けた伴侶に裏切られたのなら、形代は今度こそ心を壊してしまう。それだけならいいが、絶望のあまりに自らが治める地とひいてはこの国の秩序まで破壊しかねない。
半身とこの国の安寧を思えばこそ、七龍たちは伴侶を選ぶ際には慎重を期して相手を見極めなければならなかった。
「あの小娘が伴侶だと思っていた時、伴侶になれないと諦めてしまうのは理解できる。しかしあの小娘が伴侶を騙っていただけだと知ったのなら、其方も分かっているであろう。現在伴侶の座は空位であり、そしてその伴侶の座に最も近いのは其方であると。ならば願うが良い。伴侶になりたいと。半身と永久に添い遂げたいと」
「でもここまで鱗が生えたのなら助からないって……」
「あくまで我が干渉出来ないというだけであって、助からないとは一言も言っておらぬ。万が一にも助かる方法があるとすれば、半身を覚醒させて、この地の龍脈を正常な状態に戻すほかならない。だがそのためには……荒れ狂う半身を止めねばならない」
「今の蛍流さんには伴侶以外の言葉が届きません。つまり蛍流さんを止めるには……」
「其方が伴侶になるしかない。ならば願え、嫁御寮。真に半身を想うなら、嘘偽りの無い覚悟をもって伴侶を願うが良い。しかし代償として其方の御魂と御身を貰い受ける」
「代償が必要なんですか……?」
「本来であれば対価は不要だが、其方は伴侶として不適格の烙印を押されてしまった。資格を失いながらも、其方を伴侶として拾い上げるのだ。対価が必要なのは当然であろう」
ぐっと海音は喉を鳴らす。どのみちこのまま蛍流を放って逃げたところで、海音が鱗に覆われて粉々に砕け散るのは変わらない。
それなら最期の瞬間まで愛する人と共にいた方が幸せでないのか。蛍流に自分の声が届くかどうかは別として。
それに晶真も言っていたではないか。このままだと蛍流も自分の力に飲み込まれて、消えてしまうと。
蛍流は海音を慕うあまり力を暴走させた。そして海音も蛍流を大切に想うあまり鱗に覆われている。
二人揃って消えてしまう運命なら、少しでもお互いにとって益のある最期を過ごしたい。海音の母親が最期に愛する家族と自宅で過ごすことを望んだように……。
海音も最期は愛する人と――蛍流と同じ時の中で消えたい。蛍流と言葉を交わし、蛍流の隣で風と共に散る。そして願い叶うのなら蛍流だけでも救って、もう一度、蛍流の微笑みを胸に焼き付けたい。
迫る死への恐怖を、愛する人を置いて先立つ寂しさを、少しでも和らげるために――。
「……伴侶になるのと引き換えに支払う代償は、私だけですか?」
自分の口から発せられたとは思えない落ち着いた声。眦を決して言葉を口にした瞬間、身体中がムズムズして体温が上昇していくのを感じる。
清水が短く首肯する声さえも自分の心臓の音に紛れて、どこか遠くから聞こえてくるように思えてしまったのだった。
「それは……和華ちゃんが伴侶だって聞いていたからで……」
「そうでは無い。何故、伴侶になれないと最初から決めつけてしまう。本当に半身を慕っているのなら、他者と争ってでも伴侶の座を奪うくらいしたらどうなのだ。半身が其方を伴侶に望んだように、其方も伴侶になりたいと望めばいいだけのこと。かつて母君の病気快癒を神頼みしたように。其方は自身に関する願望は無いのか。何故に我欲を持たぬ?」
「決めつけてなんていません! 青龍の伴侶は青龍さまが決めると聞きました! つまり伴侶を選ぶ基準というのは青龍である清水さま次第であって、自分でどうこう出来るものでは無いからです! 我欲なんてあったって意味無いからで……」
「先程から我はこう言っている。『伴侶としての素質を持つに値する』と。我は誰よりも半身に相応しい其方を伴侶に選びたいところではあったが、其方自身が伴侶であることを否定してしまった。其方の心に巣食う迷いと曇りに呼応して鱗は広がり、とうとう伴侶としての資格を喪失した。無論、其方の意志を曲げて伴侶に選ぶことは容易いが、それでは半身のためにならない。我が求める伴侶は半身の心を理解して、孤独を癒す者。いずれ同じ時間の中に取り残される半身の心身に寄り添い、うら淋しさを温めてくれる者でなければならぬ」
伴侶自身の気持ちを無視して形代と番わせたところで、関係が上手くいかないのは想像に難く無い。
重ねた年月の分だけ二人の間に溝や蟠りが生じ、無限にも近い時間を割り切れない気持ちを抱えて夫婦として生きていくのは酷であろう。
「伴侶には誰よりも半身の人恋しさを慰めたいという我情と、そのためならば半身と共に周囲と異なる隔絶された時間の中で生きていくという覚悟を持たねばならぬ。されど其方にはそのどちらも欠けている。それでは我は其方を伴侶には選べない。半身のためにならないからだ」
清水たち七龍にとって大切なのは自らの力と人の世を繋ぐ形代たち――蛍流たちであって、伴侶はあくまで半身たちが自らの務めを果たすために必要なおまけの存在。
全てを捨てて人の世から離れ、人でありながらも人とは異なる時間を生き、そして神に最も近い存在となる形代たちが、同じ時間を繰り返す中で目的を見失わず、つつがなく形代の役割を果たすためだけに七龍が用意するいわば道具。本来であれば伴侶はいなくても良いが、何も変化の無い同じ時間を生きる中で形代たちが人の心を見失い、思考を放棄した物言わぬ人形と化さないために、同じ気持ちと孤独を抱える者として形代の対となる伴侶を用意する。
形代の最たる理解者にして、最愛で結ばれる夫婦となる伴侶は、決して形代を裏切るようなことがあってはならない。一度心を傾けた伴侶に裏切られたのなら、形代は今度こそ心を壊してしまう。それだけならいいが、絶望のあまりに自らが治める地とひいてはこの国の秩序まで破壊しかねない。
半身とこの国の安寧を思えばこそ、七龍たちは伴侶を選ぶ際には慎重を期して相手を見極めなければならなかった。
「あの小娘が伴侶だと思っていた時、伴侶になれないと諦めてしまうのは理解できる。しかしあの小娘が伴侶を騙っていただけだと知ったのなら、其方も分かっているであろう。現在伴侶の座は空位であり、そしてその伴侶の座に最も近いのは其方であると。ならば願うが良い。伴侶になりたいと。半身と永久に添い遂げたいと」
「でもここまで鱗が生えたのなら助からないって……」
「あくまで我が干渉出来ないというだけであって、助からないとは一言も言っておらぬ。万が一にも助かる方法があるとすれば、半身を覚醒させて、この地の龍脈を正常な状態に戻すほかならない。だがそのためには……荒れ狂う半身を止めねばならない」
「今の蛍流さんには伴侶以外の言葉が届きません。つまり蛍流さんを止めるには……」
「其方が伴侶になるしかない。ならば願え、嫁御寮。真に半身を想うなら、嘘偽りの無い覚悟をもって伴侶を願うが良い。しかし代償として其方の御魂と御身を貰い受ける」
「代償が必要なんですか……?」
「本来であれば対価は不要だが、其方は伴侶として不適格の烙印を押されてしまった。資格を失いながらも、其方を伴侶として拾い上げるのだ。対価が必要なのは当然であろう」
ぐっと海音は喉を鳴らす。どのみちこのまま蛍流を放って逃げたところで、海音が鱗に覆われて粉々に砕け散るのは変わらない。
それなら最期の瞬間まで愛する人と共にいた方が幸せでないのか。蛍流に自分の声が届くかどうかは別として。
それに晶真も言っていたではないか。このままだと蛍流も自分の力に飲み込まれて、消えてしまうと。
蛍流は海音を慕うあまり力を暴走させた。そして海音も蛍流を大切に想うあまり鱗に覆われている。
二人揃って消えてしまう運命なら、少しでもお互いにとって益のある最期を過ごしたい。海音の母親が最期に愛する家族と自宅で過ごすことを望んだように……。
海音も最期は愛する人と――蛍流と同じ時の中で消えたい。蛍流と言葉を交わし、蛍流の隣で風と共に散る。そして願い叶うのなら蛍流だけでも救って、もう一度、蛍流の微笑みを胸に焼き付けたい。
迫る死への恐怖を、愛する人を置いて先立つ寂しさを、少しでも和らげるために――。
「……伴侶になるのと引き換えに支払う代償は、私だけですか?」
自分の口から発せられたとは思えない落ち着いた声。眦を決して言葉を口にした瞬間、身体中がムズムズして体温が上昇していくのを感じる。
清水が短く首肯する声さえも自分の心臓の音に紛れて、どこか遠くから聞こえてくるように思えてしまったのだった。