「市井で交わされる『青龍の伴侶』の噂を耳にした半身が自分の伴侶を見つけたと申してきた。それこそが青の地に住まう華族の娘であり、伴侶を騙る小娘であった。其方もよく知る者であろう。其方を騙して代わりに罰を受けさせようと目論み、しまいには崖下へと転落させたあの小娘よ」
「やっぱり和華ちゃんは伴侶じゃ無かったんですね……」
ようやく海音は自分がこの世界について何も知らなかったのを良いことに、和華の都合の良いように利用されていたことを実感する。
この世界に来た日、見知らぬ場所で全く知らない人たちから常識知らずとして非難される海音を庇ってくれた和華。手厚く保護し、住む場所を与えることで、施しを与えられた海音が和華に情を湧くように仕向けた。心を許した海音が自ら身代わりを申し出ることさえ、和華の計算のうちだったのだろう。そんな和華の思惑に全く気付くことなく、ともすれば妹のように肉親の情を抱いてしまった自分の浅慮さえに悔しさがこみ上げてくる。
そして和華の身代わりになれるよう、海音のために淑女としての教育や婚姻の用意を整えてくれた灰簾夫婦も娘の企みに気付いて協力した。海音が逃げ出さないように屋敷に留めおき、家族として受け入れたように見せかけることで、海音が和華に疑いを持たないように油断させたのだった。
この世界に来たばかりで心許なかった海音を家族ぐるみで謀り、自分たちにとって都合の良いように利用した。それがより一層、海音を悲痛な気持ちにさせる。
「偽りの伴侶を迎えるという半身を、我はどうにかして止めなければならない。しかし半身と約束を交わした娘と伴侶に相応しい娘は見つからぬ。業を煮やすばかりで何も出来ないまま、しかし偽りの伴侶の輿入れの日になって、ついに我はその両方に当てはまる娘を見つけた。後は其方も知る通り。偽りの伴侶に輿入れを邪魔する形で、其方をこの山では無く、青の地に降ろしたのだ」
「それじゃあ私がこの世界に来た日、嫁入りに向かう和華ちゃんと出会って伴侶の身代わりになったのも、全て偶然じゃなくて清水さまの計算通りだったということ……っ!?」
どこか信じられない思いで激しく瞬きを繰り返しながら清水を問い詰めれば、その姿に似合わない深いため息を吐きながら「左様」と短く肯定されてしまう。
「其方には半身との繋がりがある。それでいて純真かつ邪心なき高潔なその心は、伴侶としての素質を持つに値する。其方が伴侶に相応しい人間で無ければ、半身との繋がりが切れた後、守護獣たちに命じてこの山に住まう獣の餌にでもするつもりだった。しかし其方の曇りなき心と、我が未熟な半身の内なる孤独を慈しむ姿は、伴侶として選ぶにも申し分無い。そして我が半身も、其方に愛情を抱き始めた。其方を伴侶に迎えたいと、熱心にも我を口説いてきたのだ。其方が同じ世界から来たと知った時の半身の熱意には、我でさえ舌を巻いた」
「同じ世界から来たと知った時って、この山に来たばかりの時ですよね。ということは、あの日の朝に庭から聞こえていた蛍流の熱心な頼み事って……」
初めて清水と会った時、蛍流はどこまでも真っ直ぐな純愛を清水に伝えていた。あの時は和華に対するひたむきな想いを話し、海音と引き換えに伴侶となる和華を連れて来て欲しいと頼んでいるだけだと思っていたが、本当は海音のことを熱心に話していたらしい。
あの時に蛍流が口にした数々の愛に溢れた言葉は、今でも海音の中に残っている。蛍流に心恋われる想われ人――あの時は和華だと信じ込んでいた、が羨ましいと、妬んでしまった気持ちも含めて……。
碧水の如く流れ落ち、心に大きな細波を立てた熱い言葉の数々が蘇ってきたからか、急に恥ずかしさが込み上げてきて、落ち着かない気持ちになる。
赤くなった頬を手で押さえながらあたふたする海音を清水は小さく笑う。
「半身が抱く愛は一途にして愛着的。我の許しを得ようものなら、半身はすぐに其方とまぐわい、一夜の夢を結ぼうとするだろう。力加減を知らぬ半身が与えてくる苛烈な愛欲に、初心なる其方が耐えられるはずも無い。男女の関係を知らぬ其方が激しい情愛に揉まれたのなら、すぐに身体が限界を迎えてしまうだろう。下手をしたら身体より先に其方の心が壊れてしまうかもしれない」
「そこまで蛍流さんの愛が激しいんですか……?」
「あの半身は先の半身とよく似ている。其方に盲目的なまでに懸想している半身は今や我の訓告も忘れて、すでに盲愛の片鱗を見せ始めている。それではまたしても先の半身とその伴侶の繰り返しとなってしまう。其方らが苦しむ姿は、我も見たくない」
七龍の形代たちは無意識のうちに自身と同じ神気を纏う伴侶を求める。
それは他者と違う時間を生きる形代たちにとって、伴侶は自分と唯一同じ時間を生きられる存在であり、周囲から隔絶された環境で暮らす形代たちの孤独を慰めてくれるただ一つの光だからとされていた。
悠久の時の中で人の心を見失わないためにも、形代たちは伴侶を愛することで心を保ち、また伴侶たちも自身を伴侶に迎えた形代を愛し、愛されることで、人としての温もりを維持してきた。
本来であれば、伴侶に選ばれるということは形代からの純愛を永遠に受けられる幸福な存在であり、市井に暮らすどの夫婦よりも円満な関係を築けるはずであった。
しかし先の伴侶――蛍流の師匠が愛した伴侶は、師匠からの寵愛が歪な形をしていたことで心が壊れ、両者の夫婦生活は呆気なく終わりを迎えてしまった。
何百年もの間、家族を始めとして数多の友人や知り合いたちを見送り、喪失感と孤独に苦しんだ師匠にとって、青龍が選んだ伴侶は希望であり、そして唯一愛を捧げる存在となるだった。
本来であれば二人は円満な夫婦となるはずだったが、二藍山での気の遠くなるような長い隔離の中で、師匠は他者の愛し方を忘れてしまった。
それにより力加減を忘れた師匠の過度な愛は伴侶を溺れさせ、その偏愛の中で伴侶の心身は少しずつ軋みだした。
二人の気持ちはすれ違ったまま幾年もの間、狂愛の日々を過ごし、そうして気が遠くなるような愛憎の中で伴侶は限界を迎えてしまったのだろう。
愛する息子を遺して、とうとう伴侶は二人の前から永久に消え去ってしまったのだった。
「やっぱり和華ちゃんは伴侶じゃ無かったんですね……」
ようやく海音は自分がこの世界について何も知らなかったのを良いことに、和華の都合の良いように利用されていたことを実感する。
この世界に来た日、見知らぬ場所で全く知らない人たちから常識知らずとして非難される海音を庇ってくれた和華。手厚く保護し、住む場所を与えることで、施しを与えられた海音が和華に情を湧くように仕向けた。心を許した海音が自ら身代わりを申し出ることさえ、和華の計算のうちだったのだろう。そんな和華の思惑に全く気付くことなく、ともすれば妹のように肉親の情を抱いてしまった自分の浅慮さえに悔しさがこみ上げてくる。
そして和華の身代わりになれるよう、海音のために淑女としての教育や婚姻の用意を整えてくれた灰簾夫婦も娘の企みに気付いて協力した。海音が逃げ出さないように屋敷に留めおき、家族として受け入れたように見せかけることで、海音が和華に疑いを持たないように油断させたのだった。
この世界に来たばかりで心許なかった海音を家族ぐるみで謀り、自分たちにとって都合の良いように利用した。それがより一層、海音を悲痛な気持ちにさせる。
「偽りの伴侶を迎えるという半身を、我はどうにかして止めなければならない。しかし半身と約束を交わした娘と伴侶に相応しい娘は見つからぬ。業を煮やすばかりで何も出来ないまま、しかし偽りの伴侶の輿入れの日になって、ついに我はその両方に当てはまる娘を見つけた。後は其方も知る通り。偽りの伴侶に輿入れを邪魔する形で、其方をこの山では無く、青の地に降ろしたのだ」
「それじゃあ私がこの世界に来た日、嫁入りに向かう和華ちゃんと出会って伴侶の身代わりになったのも、全て偶然じゃなくて清水さまの計算通りだったということ……っ!?」
どこか信じられない思いで激しく瞬きを繰り返しながら清水を問い詰めれば、その姿に似合わない深いため息を吐きながら「左様」と短く肯定されてしまう。
「其方には半身との繋がりがある。それでいて純真かつ邪心なき高潔なその心は、伴侶としての素質を持つに値する。其方が伴侶に相応しい人間で無ければ、半身との繋がりが切れた後、守護獣たちに命じてこの山に住まう獣の餌にでもするつもりだった。しかし其方の曇りなき心と、我が未熟な半身の内なる孤独を慈しむ姿は、伴侶として選ぶにも申し分無い。そして我が半身も、其方に愛情を抱き始めた。其方を伴侶に迎えたいと、熱心にも我を口説いてきたのだ。其方が同じ世界から来たと知った時の半身の熱意には、我でさえ舌を巻いた」
「同じ世界から来たと知った時って、この山に来たばかりの時ですよね。ということは、あの日の朝に庭から聞こえていた蛍流の熱心な頼み事って……」
初めて清水と会った時、蛍流はどこまでも真っ直ぐな純愛を清水に伝えていた。あの時は和華に対するひたむきな想いを話し、海音と引き換えに伴侶となる和華を連れて来て欲しいと頼んでいるだけだと思っていたが、本当は海音のことを熱心に話していたらしい。
あの時に蛍流が口にした数々の愛に溢れた言葉は、今でも海音の中に残っている。蛍流に心恋われる想われ人――あの時は和華だと信じ込んでいた、が羨ましいと、妬んでしまった気持ちも含めて……。
碧水の如く流れ落ち、心に大きな細波を立てた熱い言葉の数々が蘇ってきたからか、急に恥ずかしさが込み上げてきて、落ち着かない気持ちになる。
赤くなった頬を手で押さえながらあたふたする海音を清水は小さく笑う。
「半身が抱く愛は一途にして愛着的。我の許しを得ようものなら、半身はすぐに其方とまぐわい、一夜の夢を結ぼうとするだろう。力加減を知らぬ半身が与えてくる苛烈な愛欲に、初心なる其方が耐えられるはずも無い。男女の関係を知らぬ其方が激しい情愛に揉まれたのなら、すぐに身体が限界を迎えてしまうだろう。下手をしたら身体より先に其方の心が壊れてしまうかもしれない」
「そこまで蛍流さんの愛が激しいんですか……?」
「あの半身は先の半身とよく似ている。其方に盲目的なまでに懸想している半身は今や我の訓告も忘れて、すでに盲愛の片鱗を見せ始めている。それではまたしても先の半身とその伴侶の繰り返しとなってしまう。其方らが苦しむ姿は、我も見たくない」
七龍の形代たちは無意識のうちに自身と同じ神気を纏う伴侶を求める。
それは他者と違う時間を生きる形代たちにとって、伴侶は自分と唯一同じ時間を生きられる存在であり、周囲から隔絶された環境で暮らす形代たちの孤独を慰めてくれるただ一つの光だからとされていた。
悠久の時の中で人の心を見失わないためにも、形代たちは伴侶を愛することで心を保ち、また伴侶たちも自身を伴侶に迎えた形代を愛し、愛されることで、人としての温もりを維持してきた。
本来であれば、伴侶に選ばれるということは形代からの純愛を永遠に受けられる幸福な存在であり、市井に暮らすどの夫婦よりも円満な関係を築けるはずであった。
しかし先の伴侶――蛍流の師匠が愛した伴侶は、師匠からの寵愛が歪な形をしていたことで心が壊れ、両者の夫婦生活は呆気なく終わりを迎えてしまった。
何百年もの間、家族を始めとして数多の友人や知り合いたちを見送り、喪失感と孤独に苦しんだ師匠にとって、青龍が選んだ伴侶は希望であり、そして唯一愛を捧げる存在となるだった。
本来であれば二人は円満な夫婦となるはずだったが、二藍山での気の遠くなるような長い隔離の中で、師匠は他者の愛し方を忘れてしまった。
それにより力加減を忘れた師匠の過度な愛は伴侶を溺れさせ、その偏愛の中で伴侶の心身は少しずつ軋みだした。
二人の気持ちはすれ違ったまま幾年もの間、狂愛の日々を過ごし、そうして気が遠くなるような愛憎の中で伴侶は限界を迎えてしまったのだろう。
愛する息子を遺して、とうとう伴侶は二人の前から永久に消え去ってしまったのだった。