「なによ、この部屋。本当にこの部屋が伴侶の部屋だというの?」
「これでもひと通り掃除したんだよ。今朝になって急に嫁いで来るなんていうから」
「政府からの催促があまりにもしつこいから来たのよ。お姉さまが身代わりとして全然役に立たないから」
「そんなこと言わないで。蛍流さんはこの土地に暮らす人たちのために、どうしても和華ちゃんの存在が必要だから伴侶に来て欲しいって頼んでいたんだよ」
突然嫁入りを強要されたという和華の話を聞いた時は驚きを通り越して呆れもしたが、蛍流の内情を知った今となっては、たった一人で全てを背負わされる蛍流が気の毒としか思えなかった。
海音と同じように異なる世界から連れて来られた異世界人でありながら、この国に住まう民と国の安寧のために身を捧げようとしている蛍流。
本人は自分を育ててくれた師匠の恩に報いるためと考えているようだが、そもそも蛍流もこの世界に連れて来られたことで家族や将来を奪われた被害者の一人だ。
形代に選ばれたといっても、世界を越えて余所から来た蛍流が身を粉にしてまで、国に尽くす義理は無い。そして言うまでもなく自分の気持ちや幸福を蔑ろにしてまで、国と民の利益のために青龍が選んだ伴侶を娶らなくたっていいはずである。蛍流だけが犠牲になるのはおかしい。
蛍流を助けたい、背負っているものを一緒に背負いたいという気持ちは日に日に募っていくが、伴侶では無い只人の海音には限りがある。
伴侶である和華には自分の代わりに寄り添い、国を守護する青龍の形代として全てを一人で抱え込もうとする蛍流を支えて欲しい。
しかしそんな蛍流の肩を持つ海音がますます癇に障ったのか、和華は声を尖らせる。
「はぁ!? なんでわたしがこんな何もない山奥で死ぬまで暮らさなきゃならないのよ。これじゃあ幽閉されているのと何も変わらないじゃない」
「それはここが青龍の住まう土地で、和華ちゃんの旦那さんになる蛍流さんがこの地を守護する青龍だからで……」
「そんなことを聞いているわけじゃないの!」
和華の癇声に海音は肩を竦める。荷物を置いた女中や下男に出て行くように伝えると、和華と二人きりで部屋に取り残される。
初めて出会った時の少女らしい愛らしさや、庇護欲をかきたてるようなあどけないか弱さはどこに消えたのか。憎悪と卑下を込めた侮蔑の眼差しを向けてくる和華から無意識のうちに距離を取ると、海音はいつでも逃げ出せるように身構える。
「それもこれも全部お姉さまのせいよ! お姉さまが上手く身代わりになれなかったからこうなったの!」
「身代わりが失敗したのは謝る。でもね、蛍流さんはとっても良い人なの。和華ちゃんが聞いたっていう噂も、本当は蛍流さんが流した嘘で……」
「気休めはやめて。青龍さまにすっかり絆されたのね。当てつけのようにそんな高価な着物まで着せてもらって、さぞかし大切にされているのでしょう。これから質素な暮らしを送ることになるわたしを嘲笑うつもりなのね」
「私はそんなつもりじゃ……」
「でもそれももう終わりよ。今すぐに出て行って頂戴。お父さまとお母さまがお姉さまの帰りを待っているはずよ。輿入れだってあるのだから」
「輿入れってどういうことなの? 私が誰かと結婚するの……?」
嫌な予感に心臓が早鐘を打つ。喉がヒリヒリして、口の中が苦いような気さえしてくる。
すると、和華は「可哀想に。何も聞いていないのね」と袖で口元を隠しながらも嘲笑う。
「これでもひと通り掃除したんだよ。今朝になって急に嫁いで来るなんていうから」
「政府からの催促があまりにもしつこいから来たのよ。お姉さまが身代わりとして全然役に立たないから」
「そんなこと言わないで。蛍流さんはこの土地に暮らす人たちのために、どうしても和華ちゃんの存在が必要だから伴侶に来て欲しいって頼んでいたんだよ」
突然嫁入りを強要されたという和華の話を聞いた時は驚きを通り越して呆れもしたが、蛍流の内情を知った今となっては、たった一人で全てを背負わされる蛍流が気の毒としか思えなかった。
海音と同じように異なる世界から連れて来られた異世界人でありながら、この国に住まう民と国の安寧のために身を捧げようとしている蛍流。
本人は自分を育ててくれた師匠の恩に報いるためと考えているようだが、そもそも蛍流もこの世界に連れて来られたことで家族や将来を奪われた被害者の一人だ。
形代に選ばれたといっても、世界を越えて余所から来た蛍流が身を粉にしてまで、国に尽くす義理は無い。そして言うまでもなく自分の気持ちや幸福を蔑ろにしてまで、国と民の利益のために青龍が選んだ伴侶を娶らなくたっていいはずである。蛍流だけが犠牲になるのはおかしい。
蛍流を助けたい、背負っているものを一緒に背負いたいという気持ちは日に日に募っていくが、伴侶では無い只人の海音には限りがある。
伴侶である和華には自分の代わりに寄り添い、国を守護する青龍の形代として全てを一人で抱え込もうとする蛍流を支えて欲しい。
しかしそんな蛍流の肩を持つ海音がますます癇に障ったのか、和華は声を尖らせる。
「はぁ!? なんでわたしがこんな何もない山奥で死ぬまで暮らさなきゃならないのよ。これじゃあ幽閉されているのと何も変わらないじゃない」
「それはここが青龍の住まう土地で、和華ちゃんの旦那さんになる蛍流さんがこの地を守護する青龍だからで……」
「そんなことを聞いているわけじゃないの!」
和華の癇声に海音は肩を竦める。荷物を置いた女中や下男に出て行くように伝えると、和華と二人きりで部屋に取り残される。
初めて出会った時の少女らしい愛らしさや、庇護欲をかきたてるようなあどけないか弱さはどこに消えたのか。憎悪と卑下を込めた侮蔑の眼差しを向けてくる和華から無意識のうちに距離を取ると、海音はいつでも逃げ出せるように身構える。
「それもこれも全部お姉さまのせいよ! お姉さまが上手く身代わりになれなかったからこうなったの!」
「身代わりが失敗したのは謝る。でもね、蛍流さんはとっても良い人なの。和華ちゃんが聞いたっていう噂も、本当は蛍流さんが流した嘘で……」
「気休めはやめて。青龍さまにすっかり絆されたのね。当てつけのようにそんな高価な着物まで着せてもらって、さぞかし大切にされているのでしょう。これから質素な暮らしを送ることになるわたしを嘲笑うつもりなのね」
「私はそんなつもりじゃ……」
「でもそれももう終わりよ。今すぐに出て行って頂戴。お父さまとお母さまがお姉さまの帰りを待っているはずよ。輿入れだってあるのだから」
「輿入れってどういうことなの? 私が誰かと結婚するの……?」
嫌な予感に心臓が早鐘を打つ。喉がヒリヒリして、口の中が苦いような気さえしてくる。
すると、和華は「可哀想に。何も聞いていないのね」と袖で口元を隠しながらも嘲笑う。