「なっ!?」
「あっ!? ごっ、ごめんなさい……っ!」
お互いにすぐに顔を離したので、唇が触れ合ったのは刹那の間ではあったものの、海音の唇にははっきりと蛍流の柔らかな唇の感触が残っていた。それは蛍流も同じようで、白く長い指先を唇に当てながら、耳まで真っ赤になっていたのだった。
「い、いやっ! おれも横から覗き込んでいたからで……っ!」
「私が急に振り向いたのが悪いんですっ。あ、あのっ、本当に、ごっ、ごめんなさいっ!!」
蛍流と同じ状態になっている顔を見られたくなくて、素っ頓狂な声と共に畳に指を付けて深々と頭を下げる。いわゆる土下座であったが、蛍流も動揺を隠しきれないまま、「あっ、謝らなくていいっ!」と声を裏返しながら話し始めたのだった。
「おれもつい近づきすぎた。だからこれは喧嘩両成敗ではなくて、お互い様と言えばいいのか、その……とにかくどっちもどっちだということだ!」
「蛍流さんは教えてくれただけで、何も悪くありませんっ! 後ろについていることを知っていながら、振り返った私に問題があるだけで……っ!」
「いいから、これはお互い様ということにしておけっ! 上手く書けたのなら、もういいだろう。おれは着替えて、家の用事を済ませてしまう」
「それなら私も……」
「こっちは一人でも大丈夫だ! 上手く書けたから記念に飾るのだろう。乾燥させたらすぐ飾れるように、せっかくだから飾る場所を決めておけ。使い終わった道具の手入れも怠るな。出来るだけ、墨は残さないように書き損じした紙で吸い取って、筆はしっかり水で洗え。道具は高温多湿を避けて保管すること。黴の温床となるからな」
一息で言い切ると、蛍流はあっという間に部屋から出て行ってしまう。その場に一人取り残された海音だったが、しばらくしてじわじわと蛍流と唇が触れ合った瞬間を思い出して、一人で身悶えることになるのだった。
(さっきのあれって、やっぱりあれだよね……!? その、キスってやつ……!)
真っ赤になった両頬を押さえながら、海音は叫び出したい気持ちをぐっと堪える。これまで漫画や映画で散々キスシーンは見てきたが、一瞬でも自分がすることになるとは思いもしなかった。未だ恋人がいたことさえ無いのに、恋人が出来るよりも先にキスをしてしまうとは考えもしない。
しかもそのファーストキスの相手が、蛍流なんて……。
(どっ、どうしよう! きっと蛍流さんは嫌だったよね!? 伴侶以外の人とキスするなんてっ!!)
蛍流はお互い様だから謝らなくていいと言っていたが、部屋を出て行く際の様子を見る限り、相当気にしていたようであった。やっぱり謝罪した方が良いような気さえしてくる。普段は冷静沈着な蛍流があそこまで激しく取り乱すということは、蛍流自身にとっても予想外だったということだ。
どうにかして気持ちが落ち着かせると、言われた通りに道具を片付け始める。書き損じした紙で硯に残っていた墨を吸い取っていると、橙色が広がる黄昏の空からは暮雨が降り出してきたのだった。
いつもの激しい横嬲りの雨ではなく、どこか優しい雨粒が落ちてきているのは気のせいなのか。そんな空模様が二人の照れ隠しを現しているようにも思えて、海音はますます顔を赤く染めてしまう。
(今日のキスは事故。そう事故だったの! だからもう忘れよう。きっと一晩寝たら忘れてしまうはず! 蛍流さんだって、きっとそう!)
しかしそんな目論見は外れて、海音は唇に残る蛍流の感触をしばらく意識せざるを得なかったのだった。
◆◆◆
「あっ!? ごっ、ごめんなさい……っ!」
お互いにすぐに顔を離したので、唇が触れ合ったのは刹那の間ではあったものの、海音の唇にははっきりと蛍流の柔らかな唇の感触が残っていた。それは蛍流も同じようで、白く長い指先を唇に当てながら、耳まで真っ赤になっていたのだった。
「い、いやっ! おれも横から覗き込んでいたからで……っ!」
「私が急に振り向いたのが悪いんですっ。あ、あのっ、本当に、ごっ、ごめんなさいっ!!」
蛍流と同じ状態になっている顔を見られたくなくて、素っ頓狂な声と共に畳に指を付けて深々と頭を下げる。いわゆる土下座であったが、蛍流も動揺を隠しきれないまま、「あっ、謝らなくていいっ!」と声を裏返しながら話し始めたのだった。
「おれもつい近づきすぎた。だからこれは喧嘩両成敗ではなくて、お互い様と言えばいいのか、その……とにかくどっちもどっちだということだ!」
「蛍流さんは教えてくれただけで、何も悪くありませんっ! 後ろについていることを知っていながら、振り返った私に問題があるだけで……っ!」
「いいから、これはお互い様ということにしておけっ! 上手く書けたのなら、もういいだろう。おれは着替えて、家の用事を済ませてしまう」
「それなら私も……」
「こっちは一人でも大丈夫だ! 上手く書けたから記念に飾るのだろう。乾燥させたらすぐ飾れるように、せっかくだから飾る場所を決めておけ。使い終わった道具の手入れも怠るな。出来るだけ、墨は残さないように書き損じした紙で吸い取って、筆はしっかり水で洗え。道具は高温多湿を避けて保管すること。黴の温床となるからな」
一息で言い切ると、蛍流はあっという間に部屋から出て行ってしまう。その場に一人取り残された海音だったが、しばらくしてじわじわと蛍流と唇が触れ合った瞬間を思い出して、一人で身悶えることになるのだった。
(さっきのあれって、やっぱりあれだよね……!? その、キスってやつ……!)
真っ赤になった両頬を押さえながら、海音は叫び出したい気持ちをぐっと堪える。これまで漫画や映画で散々キスシーンは見てきたが、一瞬でも自分がすることになるとは思いもしなかった。未だ恋人がいたことさえ無いのに、恋人が出来るよりも先にキスをしてしまうとは考えもしない。
しかもそのファーストキスの相手が、蛍流なんて……。
(どっ、どうしよう! きっと蛍流さんは嫌だったよね!? 伴侶以外の人とキスするなんてっ!!)
蛍流はお互い様だから謝らなくていいと言っていたが、部屋を出て行く際の様子を見る限り、相当気にしていたようであった。やっぱり謝罪した方が良いような気さえしてくる。普段は冷静沈着な蛍流があそこまで激しく取り乱すということは、蛍流自身にとっても予想外だったということだ。
どうにかして気持ちが落ち着かせると、言われた通りに道具を片付け始める。書き損じした紙で硯に残っていた墨を吸い取っていると、橙色が広がる黄昏の空からは暮雨が降り出してきたのだった。
いつもの激しい横嬲りの雨ではなく、どこか優しい雨粒が落ちてきているのは気のせいなのか。そんな空模様が二人の照れ隠しを現しているようにも思えて、海音はますます顔を赤く染めてしまう。
(今日のキスは事故。そう事故だったの! だからもう忘れよう。きっと一晩寝たら忘れてしまうはず! 蛍流さんだって、きっとそう!)
しかしそんな目論見は外れて、海音は唇に残る蛍流の感触をしばらく意識せざるを得なかったのだった。
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