「書く際に力を入れ過ぎているから、全体的に文字が潰れている。筆に付ける墨が多いのも下手に見える原因だな」
「そうなんですか……?」
「ああ。最初はゆったりと大きめの文字を意識して書く練習をして、徐々に小さな文字を書けるようになればいい。後は筆運びだろうか……鉛筆やペンとは違って、書道というのは腕全体で筆を動かすつもりで書くものだ。試しにおれが書いてもいいだろうか?」
場所を変わって、文机の前に座った蛍流は慣れた手付きで筆先に墨を付けていく。
「一口に筆と言っても、毛の長さや硬さ、太さは筆ごとにそれぞれ異なる。そして用途に合わせて筆を使い分ける。書き初めの際には毛が太い太筆、日記や手紙を書く際には毛が細い細筆を使う。この話を聞いたことはあるか?」
「小学校の習字の授業でなんとなく……。習字の課題を提出する際にも太筆で文字を書いてから、左端に細筆で名前を書いていましたし……」
「お前が使っているこの筆は、柔毛筆と言われている筆の毛が柔らかな筆だ。これは柔らかな毛を持つ動物から作られた筆で、毛先が柔らかくて文字の強弱を付けやすい。その一方で、筆が柔らかいので慣れるまで書きづらいとされているな。あまり初心者向けとは言い難い」
適当に物置部屋から持ち出してしまったが、どうやら鉛筆やボールペンと同じように筆にも使い分け方というのがあったらしい。
そんな説明をしながらも、蛍流は新しい紙に綺麗な「の」の一文字を大きく書く。書道家さながらの見事な出来栄えに、海音は「おお~!」と感嘆の声を漏らすが、蛍流ははにかんだだけであった。
「初心者向けの筆というのは、どういう筆ですか?」
「手習いの練習用として最適な筆というのは、兼毛筆と言って柔らかい毛と硬い毛の半々で作られている筆だ。毛が硬すぎず、あまり柔らかくもないので、筆の使い方を学ぶのに最も適しているとされている。この筆一本で様々な書体を書けるので、手習いを始めたばかりの初心者にも良いと教わった」
「教わったということは、師匠さんに?」
「今話した内容というのは、全て師匠の受け売りだ。ここに来たばかりの頃、お前と同じように一人で書き取りの練習をしていると、通りかかった師匠が事細かに教えてくれたからな」
ちなみに平仮名を書く際には、仮名用の和筆という太筆よりも小さい筆があるそうで、普段蛍流が持ち歩いて、メモを書く際に使用している筆が和筆に当たるとのことであった。練習には毛が硬めのものがいいらしいが、毛が硬い筆はこの屋敷に在庫が無いので、雲嵐に頼んで持って来てもらうことになったのだった。
「筆の太さによって、持ち方も違ってくる。鉛筆のように斜め持ちをすると上手く書けないが、太筆以外の握り方は鉛筆とほとんど同じだ」
「鉛筆と同じ……ですか?」
「ここに座って、実際に書いて見せてくれないか」
再び文机の前に座ると、蛍流が筆置きに置いた筆を持つ。すると、早速蛍流から「違う」と指摘が入ったのだった。
「筆を持つ際は筆先近くではなく、筆の真ん中より少し下の辺りを握る。指先に力が入っているようだが、そこまで力を込めなくていい」
「真ん中より下の辺りを持って、力は軽く……。こうでしょうか?」
言われた通りに筆を握り直すと、蛍流が頷いてくれる。真新しい紙を用意してくれたので、硯に筆先を浸すが、また止められてしまう。
「そんなに墨を付けなくていい。量が多いと、文字が滲んであきが無くなり、ともすれば下敷きまで裏移りしてしまう」
「あき?」
「余白のことだ。お前が書いた『青』の文字は、いずれも横に引いた線が滲んで潰れてしまっている。これは墨が多い証拠だ。綺麗な文字を書きたいのなら、余白の空き具合を意識して間隔を揃えることだ。それだけでも、大分見栄えが良くなる」
もう一度筆先を浸すと、量を気にしながら墨を付けていく。隣に座った蛍流が、引き続きアドバイスをしてくれる。
「筆は軽く持ったまま、立てて使う。肘は宙に浮かせて、腕を身体から離す。腕を動かしやすい位置を見つけたら、肩の力を抜く。手首で書かずに、肘を動かすようにして文字を書く」
「そんなに言われても、すぐには出来ません……」
「これも慣れだ。慣れると自分で書きやすい姿勢を見極められる。……やはり手の大きさが違うからか、おれの筆だと使いづらそうだな。もう少し筆菅が細い筆も、雲嵐殿に頼んで見繕ってもらおう」
綺麗な文字を書くには、身体の大きさに合わせた筆選びも大事だそうで、筆の軸に当たる筆菅の長さや太さも手の大きさに合わせて選ぶ必要があるという。子供向けには筆菅が細く握りやすい短い筆を、習字に慣れた大人には筆菅が太く長い筆といったように、年齢や手の大きさ、習字の得手不得手で選ぶといいらしい。また筆菅の軸の太さに対して、筆先に当たる穂の長さも大きく分けて三種類に分けられるそうで、習字初心者は穂が短い筆を選ぶと良いという。
「そうなんですか……?」
「ああ。最初はゆったりと大きめの文字を意識して書く練習をして、徐々に小さな文字を書けるようになればいい。後は筆運びだろうか……鉛筆やペンとは違って、書道というのは腕全体で筆を動かすつもりで書くものだ。試しにおれが書いてもいいだろうか?」
場所を変わって、文机の前に座った蛍流は慣れた手付きで筆先に墨を付けていく。
「一口に筆と言っても、毛の長さや硬さ、太さは筆ごとにそれぞれ異なる。そして用途に合わせて筆を使い分ける。書き初めの際には毛が太い太筆、日記や手紙を書く際には毛が細い細筆を使う。この話を聞いたことはあるか?」
「小学校の習字の授業でなんとなく……。習字の課題を提出する際にも太筆で文字を書いてから、左端に細筆で名前を書いていましたし……」
「お前が使っているこの筆は、柔毛筆と言われている筆の毛が柔らかな筆だ。これは柔らかな毛を持つ動物から作られた筆で、毛先が柔らかくて文字の強弱を付けやすい。その一方で、筆が柔らかいので慣れるまで書きづらいとされているな。あまり初心者向けとは言い難い」
適当に物置部屋から持ち出してしまったが、どうやら鉛筆やボールペンと同じように筆にも使い分け方というのがあったらしい。
そんな説明をしながらも、蛍流は新しい紙に綺麗な「の」の一文字を大きく書く。書道家さながらの見事な出来栄えに、海音は「おお~!」と感嘆の声を漏らすが、蛍流ははにかんだだけであった。
「初心者向けの筆というのは、どういう筆ですか?」
「手習いの練習用として最適な筆というのは、兼毛筆と言って柔らかい毛と硬い毛の半々で作られている筆だ。毛が硬すぎず、あまり柔らかくもないので、筆の使い方を学ぶのに最も適しているとされている。この筆一本で様々な書体を書けるので、手習いを始めたばかりの初心者にも良いと教わった」
「教わったということは、師匠さんに?」
「今話した内容というのは、全て師匠の受け売りだ。ここに来たばかりの頃、お前と同じように一人で書き取りの練習をしていると、通りかかった師匠が事細かに教えてくれたからな」
ちなみに平仮名を書く際には、仮名用の和筆という太筆よりも小さい筆があるそうで、普段蛍流が持ち歩いて、メモを書く際に使用している筆が和筆に当たるとのことであった。練習には毛が硬めのものがいいらしいが、毛が硬い筆はこの屋敷に在庫が無いので、雲嵐に頼んで持って来てもらうことになったのだった。
「筆の太さによって、持ち方も違ってくる。鉛筆のように斜め持ちをすると上手く書けないが、太筆以外の握り方は鉛筆とほとんど同じだ」
「鉛筆と同じ……ですか?」
「ここに座って、実際に書いて見せてくれないか」
再び文机の前に座ると、蛍流が筆置きに置いた筆を持つ。すると、早速蛍流から「違う」と指摘が入ったのだった。
「筆を持つ際は筆先近くではなく、筆の真ん中より少し下の辺りを握る。指先に力が入っているようだが、そこまで力を込めなくていい」
「真ん中より下の辺りを持って、力は軽く……。こうでしょうか?」
言われた通りに筆を握り直すと、蛍流が頷いてくれる。真新しい紙を用意してくれたので、硯に筆先を浸すが、また止められてしまう。
「そんなに墨を付けなくていい。量が多いと、文字が滲んであきが無くなり、ともすれば下敷きまで裏移りしてしまう」
「あき?」
「余白のことだ。お前が書いた『青』の文字は、いずれも横に引いた線が滲んで潰れてしまっている。これは墨が多い証拠だ。綺麗な文字を書きたいのなら、余白の空き具合を意識して間隔を揃えることだ。それだけでも、大分見栄えが良くなる」
もう一度筆先を浸すと、量を気にしながら墨を付けていく。隣に座った蛍流が、引き続きアドバイスをしてくれる。
「筆は軽く持ったまま、立てて使う。肘は宙に浮かせて、腕を身体から離す。腕を動かしやすい位置を見つけたら、肩の力を抜く。手首で書かずに、肘を動かすようにして文字を書く」
「そんなに言われても、すぐには出来ません……」
「これも慣れだ。慣れると自分で書きやすい姿勢を見極められる。……やはり手の大きさが違うからか、おれの筆だと使いづらそうだな。もう少し筆菅が細い筆も、雲嵐殿に頼んで見繕ってもらおう」
綺麗な文字を書くには、身体の大きさに合わせた筆選びも大事だそうで、筆の軸に当たる筆菅の長さや太さも手の大きさに合わせて選ぶ必要があるという。子供向けには筆菅が細く握りやすい短い筆を、習字に慣れた大人には筆菅が太く長い筆といったように、年齢や手の大きさ、習字の得手不得手で選ぶといいらしい。また筆菅の軸の太さに対して、筆先に当たる穂の長さも大きく分けて三種類に分けられるそうで、習字初心者は穂が短い筆を選ぶと良いという。