5
 夕食に招かれて、みんなでクリュエルのグループの合同食堂へ行く。
 事前に、イノシシ鍋用の肉を渡されて、サキ(サキュバス姫)の領民グループの合同食堂へも持っていく。レトとカエデは大きなお鍋(食料品用の金属バケツ)に入れたお肉(かなり重い)を二山ほど持っていき、厨房のサキや女たちに声をかける(サキの特殊な性質上、多くはとっくに「義姉妹や義母」の関係であるらしい)。

「お肉を持ってきました。スープの具材に使ってくださいとのことです」

「ありがとー。こっちのも、持ってってあげて」

 サキは機嫌良くリズミカルにエプロンと腰を揺らして(束ねた綺麗な髪が揺れるのが、上機嫌な高級犬の尻尾を連想させる)、紫ハーブのお茶用の乾燥処理済み一山を手渡してくれる。調理済みのピンクパタタと香草類のマッシュサラダを入れた大鍋(台車つき)も。
 いかんせんに人数が多いこともあって、全員が一カ所の食堂・会堂でというわけにいかない。大きな共同の厨房が幾つもあって、週数回くらいの会食・ご馳走の日には、各グループでつくった料理をお互いに融通しあう習慣になっている。

「ありがとうです」

 戻ると、次のミッション。

「そうだ、そろそろパンが焼ける頃かしら。パンを運ぶのも手伝ってあげたら? それから、避難民キャンプ方にもこのお肉を」

 この田舎の若女将のような風格のキョウコさんは、森林エルフの「マタギ」(狩人)。みずから仕留めたイノシシ肉を誇らしげに配っている。
 カエデは妙に張り切っている。

「はい!」

 キョウコはカエデなどからすると、体育会系の英雄な先輩的な意味でリスペクト対象らしい(魔族を鉈で何人も血祭りにあげた実績がある他、「山の女神」と殴り合って、誘惑されたクリュエルを奪還・確保してきた猛者でもある)。レトの姉のルパとも狩猟友達らしい(サキとはライバルでもあり良い悪友でもあるそうだが、リベリオ屯田兵村の「裏の実力者・三大魔女」にすら数えられている?)。
 避難民キャンプに肉鍋を運ぶのが二往復。
 それから食品用の荷車で焼き上がったパンを各グループに輸送する。ミケナ・フロラはパン焼き窯の手伝い。
 チーム・レトリックの本日ミッションは「晩餐の準備」。報酬(お駄賃)はクリュエルの魔法石器。

 実はクリュエルの魔法石器は(物々交換や商品価値として)少額貨幣に相当する価値があるため、取り扱いの難しさがあって取り引きや渡す相手が限られるものの、ほとんど少額貨幣の「造幣局」と変わらない。必ずしも自分で保持や使用するだけでなく、倉庫の「銀行」担当係に預けたり換金や別のアイテムとの交換も可能。
 クリュエル自身も「ここまで経済価値が出るとは思っていなかった」。リベリオ屯田兵村や反魔族レジスタンスの貴重な財源になっており、洞窟の工房で引きこもって魔法石器の製造作業が主な仕事になっている。優秀な魔法戦士で指導者のはずなのだが、やっていることが町の職人と変わらず、付いたあだ名・敬称が「リベリオ造幣局・石器貨幣の幹事長」。
 ご本人様は複雑な気分のようで「これが現実だよ、世の中は難しくて厳しいのさ。世間の勇者や英雄のイメージとはかけ離れてるが、こういうやり方の方が有効で有益なんだからしょうがない。もう監禁労働の奴隷とあんまり換わらんような気がしてくる」などと、いつぞや(魔法石器の製作作業しながら)レトに語っていた。レトとしては大人の世界のリアリズムを垣間見て、「この人が戦闘力と特殊技能や政治・戦術の知力と人柄で大将リーダーになるのは必然だった」と納得。彼がいなかったら、おそらくリベリオ屯田兵村は規模や戦力を維持できないことだろう。


6
 翌日のミッションは「パトロール」。
 面目躍如で、背中に大剣を背負う。
 このリベリオ屯田兵村や近隣の森林や街道を歩き回って、怪しげな者が侵入してきたり、魔物がいないかの警戒活動。
 一定以上の危険を発見した場合には、信号弾や魔法通信でリベリオ屯田兵村に連絡したり、防衛軍の最寄りの詰め所に報告。

「出発!」

 意気揚々としているドワーフ戦士娘のカエデ・ジャロスタインだけれど、実際に重要なのはむしろレトの探知能力。獣エルフは聴覚や嗅覚が鋭敏で、変身時には野生動物のような生体レーダーになりうる(姉のルパが義兄のトラに散歩で付きそうのも、哨戒活動の都合でもある)。ただし変身時には「狼男」になってしまうので「魔物と間違えられる」誤認リスクがあるため、同士討ち防止と緊急時の戦力のためにカエデなどがご一緒する。
 魔力面での探知を強化するため、エルフのミケナ・フロラもついてくる。
 そうしてパトロールしていると、この頃ではどこかのアビスエルフなどが「独立運動キャンペーン宣伝」をやっていたりするが、この地方を孤立化させるために(スパイとして入り込んできて)政治工作しているのだ。一度などは乱闘になりかけた。

「あの鮮魚人どもめ、このあたりで次に見つけたらぶち殺してやる!」

「おう、鍛冶屋君の豪腕で頭かち割ってやれや」

 新しい新規隊員のルークス・アルケスミス少年が怒りの表情で、大型の斧槍を担いで歩く。自分たちの村が政治謀略で売り飛ばされて避難民状態にされたため、鍛冶屋志望でも義勇兵のようになるしかない。同じドワーフでも、目を血走らせているカエデは「女戦士」だが、たぶん本気で喧嘩したらルークスの方が強いかもしれない(一口に戦士と言っても、パトロール警官や警備兵と、上級の特殊部隊では差がある)。
 最近のパトロールでは、乱闘や襲撃されるリスクがあるため、レトも同伴が女二人では危険で心もとない。話をすると「よし、オレもついて行ってやる」と快く協力してくれることになった。レトとも良い友人だが、どうもカエデが好きらしい?

「カエデってさ、確立が三分の一くらいで、レト君かルークス君とくっつくのよねえ。レト君は今の気持ちではカエデのこと、どう思ってる?」

 ミケナ・フロラがボソッと密かにレトに耳打ちする。耳を触って玩びながら。彼女は「タイム・ループしているタイム・ルーパー」なのだそうで、様々な可能性や未来を見てきたのだそうだ。冗談好きの彼女のことだから鵜呑みにはできないけれども、少しくらいは余地や未来視ができても不思議はないように思う。

「さあ?」

 レトは当惑気味に小首を傾げた。
 カエデのことは好きか嫌いかと言えば好きだろうが、あまり本格的に恋愛や結婚の対象としては考えていない気もする。
 すると、ミケナ・フロラは指を立てて言う。

「私と不倫や浮気する未来もあるんだよねえ。それから、展開によってはトラが過激派やラスボス」

「それ、どこまでご冗談で?」

「ほんとのことだってば! 見てきたもの!」

「そうなんですか?」

「そーよ」

 ミケナ・フロラは真面目な面差し。レトは向き合った顔と瞳を覗き込んだが、この人の真意は知れない。悪戯好きで、ストレートな姉のルパやあのサキ以上に人を食ったようなところがある。
 こうして、チーム・レトリバリックの地道な日々の冒険とミッションは今日も続いている。