「私が『雷剣』のジュリアだ。なんでも私に話があるということだったが……」
俺は冒険者ギルドの中の会議室を貸してもらい、一人の女性と向かい合っていた。
真っ赤に燃える炎を思わせる、意志の強そうな女性だ。
タッパもかなりあり、俺よりも背が高い。
彼女は現在レルドーンにいる唯一のAランク冒険者、『雷剣』のジュリア。
本来であれば盗賊など瞬殺できる彼女だが、折り悪く彼女の二つ名にもなっている、雷の魔剣は壊れてしまっている。
彼女の強さは己の肉体を賦活し相手に一方的に麻痺を与えるその魔剣がなければ、その戦力は大きく半減してしまう。
「あまり時間があるわけではないので、早く目的を言ってくれると助かるんだが」
「その前に一つ質問をさせてください。『雷剣』を直せば、盗賊を倒すことはできますか?」
「――無論だ。ただ魔剣がない状態で挑めば、勝率が下がる。なので冒険者達を纏めて組織的に討伐に出ようという話になっているわけだ」
「だったら俺が魔剣を直します。急いでいるし代金はろはで……いや、魔剣を直した人物を秘密にすることと、魔剣を使う様子を近くで見せてもらうこと。この二つとさせてください」
「――馬鹿を言うのも大概にしろ。何人もの名工に頼んでもダメだったのだ。いくらなんでも……」
明らかに気分を害して怒っている様子のジュリアさんに、俺は一本の剣を差し出した。
護身用にと思い持ってきた、一本の短剣は、リアムに渡す前に作っていた聖魔剣のプロトタイプだ。
剣を見たジュリアが、顔色を変える。
この剣を見てその反応ができるということは、彼女が魔力の感知や検知に際して一廉の才能があることを示していた。
「こ、これは……」
「俺が打った剣です」
剣士同士が一合刀を交わせば相手の力量を測れるように、優れた剣士は一目見ればその剣に宿る術理を理解することができる。
「誰も直せなかったというのなら、俺に任せてくれませんか?」
「……ああ」
その場の雰囲気に飲まれてか、彼女は抵抗せずにスッと背負っている剣を差し出してきた。 鞘から剣を抜いてみる。
刃は見るからにガタガタになっている。かなり硬い相手に何度も剣を当てたのだろう。
状態は中破ってところだろうか……これなら素材さえあれば、問題なく直すことができそうだ。
頼んだ名工ってのが潜りだったのかもしれない。これくらいなら、そこまで難しいものじゃないはずだ。
「雷龍の牙、轟雷ウナギの肝、セリエクト鉱石……修理用に溜め込んでいるはずですね? 今すぐ持ってこれますか」
「な、なぜわかったのだ……? 構造解析(アナライズ)も使っていないというのに……」
「前に似たような剣を仕立てたことがあるので……で、いかがでしょう? 俺の力を認めてもらえましたか?」
ジュリアさんが複雑そうな顔をする。パッといきなり現れた鍛冶師のことを信じられないのは当然のことだ。
「……いや、信じる。どうせこのままでは壊れたままなのだ、この剣を直せる可能性があるというのなら、私は手間も苦労も惜しまない」
というわけでジュリアさんに素材を持っていてもらう間に、俺は宿を借り、解体などに使われる作業場を貸し切らせてもらった。
あの破損具合なら、魔力情報を修正すれば問題なく直すことができる。
鍛造をして魔力容量を確保する必要もないため、そこまで大がかりな設備は必要ない。
「はあっ、はあっ、持ってきたぞ、ラック殿……」
聖魔剣を見てから妙に態度が軟化したジュリアさんから素材を受け取る。
「もし良ければ、作業を遠目に見ていてもいいだろうか……もちろん、邪魔だというのなら席を外させてもらうが」
「いえ、大丈夫ですよ。愛剣がどうなるかをこの目で見たいという気持ちはよくわかりますから」
好奇心旺盛なリアムなんかは、新しい剣を作る度にそれをじいっと観察することも多かった。おかげで誰かに見られながらの作業には慣れている。
それにこの魔剣の魔力文字は、ごく一般的なものだ。
古代魔族文字のように暴発する可能性は著しく低いため、距離を取ってくれるのなら問題はないだろう。
俺は素材を持ってやってきたジュリアさんに見守られながら、鍛冶を始めていくことにした。
一応道中も魔力文字は毎日弄るようにしていたため、ブランクはないが、油断せずにいこう。
意識を集中させ、雷の魔剣に触れる。
「構造解析(アナライズ)」
構造解析は、鍛治師としてやっていくためには必要不可欠な魔法の一つだ。
これは簡単に言うと、物体の構造を解析する魔法だ。
その構造というのには、物体を構成する要素や使われている材料だけでなく、そこに記されている魔力文字も含まれる。
魔力文字というのは、簡単に言えば魔法的な効果のこもったクラフトの際に使われる、専用言語のようなものだ。
「ほう……『切れ味強化』・『斬撃強化』・『神経強化』・『俊敏』・『肉体活性』に『雷魔法』、それにこれは……『雷化』か? これを鍛えた鍛治師は、かなり腕がいいみたいだな」
構造解析を極めれば、一発でどのような素材でできておりどのような魔力文字を書けば良いかがわかる。つまり簡単に言えば、トレースのようにまったく同じものを作ることができるようになるのだ。
俺はまだその領域にまでは至っていない。
俺にできるのはおおよその組成を把握し、記されている魔力文字をざっくりと解読することくらいなものだ。
それは無理矢理翻訳した直訳のようなもので、意味が完全に理解できるほど完璧なものではない。
この魔剣をより深く知るためには、もう一つの鍛冶魔法が必要となってくる。
「――情報展開(インフォーム)」
情報展開もまた、鍛冶師としては必須技能の一つだ。
構造解析が基礎設計を確認するためのものだとすれば、これはその中で魔力文字にのみ焦点を当て、より詳細な読み取りを行うことができるようになる魔法だ。
この世界においては、魔力文字が唯一魔道具を作る方法だ。
そして魔力文字を規則的に羅列し構成していくことで魔法的効果を生み出すことを、エンチャントと呼ぶ。
「魔力の流れは……セノト式に近い。ただちょっと文意がわかりづらいな……少なくとも現代の魔力文字じゃない」
宙に浮かび上がって見える魔力文字を高速で解読していく。
これはある種慣れのようなものがあり、見たことのある並び方をしていれば共通項を抜き出して理解までの時間を短縮することができる。
使われている文字は現代の鍛冶師が使っている魔力文字だけでは文意の通らない部分が多々ある。
恐らくは中期文明と呼ばれる、古代文明と現代文明の間の時代に作られた剣なのだろう。
神聖文字と古代魔族文字を理解しているため、さほど時間をかけることなく文字を理解することができる
「なんて流れるような解読だ……ラック、君は、一体……?」
遠くからささやくような声が聞こえてくるが、完全にゾーンに入っている俺にはそれは音の羅列以上の意味を持たなかった。
「くくっ、面白いな……この文字列は初めて見た。多分切れ味強化だろうが文字数が二文字も省略できるのか……あとでしっかりメモしておかないと……」
魔力文字を解読していると、思わず笑みがこぼれてくる。
わからない部分、意味の通っていないと思われる部分がいくつもある。類推はできるが確証はない部分も多かった。
ハンマーで頭を殴られたような気分だ。
どうやら俺は現代と古代の魔力文字を操れるようになり、少しばかり調子に乗っていた。
まだまだ研鑽すべき場所はあるというのに、聖魔剣が作れたからと少しばかり調子に乗りすぎていたかもしれない。
自分の知らない知識に触れることができる機会は貴重だ。
それもあって俺はこの魔力文字の情報の読み取り作業が、決して嫌いではない。
魔力文字によってそのものがどのように作られ、どのような意図を持って作られたかという作成者の意図まで読み取ることができるからだ。
更に言うと魔力文字というのは、人の癖や個性が反映されることが多い。
一人称が僕と俺で違うように、エンチャントの構成を見ていればなんとなく人となりのようなものが見えてくるのだ。
「穴だらけな部分も多いが、そこは俺の腕の見せ所だな……」
魔力文字、およびそれによって作られる文脈としての魔力情報は当然ながら道具自体に記されている。
剣は刀身が欠け、中の芯が見えているわけだから、そこに記されている魔力情報は当然ながら虫食いのようになっている。
現代の鍛冶では理解しにくい前文明の文脈と虫食いだらけの魔力情報……たしかにこれは普通の鍛冶師なら匙を投げる。
俺も古代文字を習得していなければ、無理だと諦めていたかもしれない。
(技術には流れがある。今の俺なら、こいつを問題なく直せる)
この剣のエンチャントを完全に修復するためには、中期の魔力文字によって魔力情報を記す必要がある。
現代の魔力文字と古代の魔力文字と比べ合わせ適宜索引する形を採れば、問題なく穴を埋めることはできるはずだ。
「……」
高速で魔力情報を展開しながら、手持ちのノートに魔力文字を書き記しては消していく。
魔法効果を成り立たせている魔力文字を読み取り続けること、およそ二十分ほど。
自分なりに仮説を立て、文意に筋が通るところまでいった。
訳としては少々堅いが、安全係数は十分に取ってある。
後は修繕用の素材を使いながら継ぎ足ししていけば、問題なく直せるだろう。
「光が出るので、気をつけてください」
俺は作業用のゴーグルを取り出し、カチャリとかける。
魔力情報にパスが発生し、ラインが通る度に発生する光は、使う魔力文字や鍛冶魔法の腕によって光度が変わる。今の俺の場合、閃光弾クラスの光が出るので普通に殺人兵器だ。
遠くにいるジュリアさんが手で目庇を作るのを確認してから、締めの作業に入ることにした。
「魔力素描」
こいつはぶつ切りになっている魔力情報に新たな魔力文字を書き込んでいく鍛冶魔法だ。 俺の魔力文字が、新たな文脈を生み出していく。
文意の通っていなかった場所に意味が通り、虫食いになっていた魔力情報が本来の力を取り戻していく。
バチバチバチッ!
高速で打ち込んでいく魔力文字に反応して、強烈な光が噴き出してくる。
いくつものエンチャントの効果が発動し、更に強烈な色とりどりの光が飛び出しては、吸い込まれるように魔力情報の中へと消えていく。
「綺麗……」
ただ刀身が壊れている状態ではやはり限界がある。それにこの剣自体のリソースも切れかけていた。
ジュリアさんから渡されていた素材を剣の上に置き、再び鍛冶魔法を使わせてもらう。
「接合(コネクティング)」
剣と素材を重ね合わせ、魔力文字によって繋いでいく。
光が収まった時、そこには己の怪我を新たな素材を使って修繕するかのように、少々いびつながらも欠けの消えた魔剣がそこにあった。
「私は一体……何を見ているのだ……?」
感嘆のため息をBGMにしながら、淡々と作業を続けていく。
打ち込む魔力文字を間違えれば、その分だけ剣の出来も悪くなる。
後からやり直すこともできるが、その場合は修正のためにリソースを使わなければならないため、一発で完璧に仕上げるのが理想なのだ。
幸い最難関と言える古代魔族文字に何百回と触れてきたおかげで、一度のミスをすることもなく魔力文字の打ち込みが終わった。
次が、最後の仕上げだ。
「調整(チューニング)」
発揮されているエンチャントがしっかり100%の効果を発揮できるようにするために、残っている不必要な魔力を取り出し、省略できる魔力文字を削り、多少無理に接合した素材と魔剣をしっかりと馴染ませていく。
最後に余ったリソースを全てエンチャントの効果向上の部分にふってやれば、これで完成だ。
完全に光が収まった時、そこには一本の剣があった。
俺はそこに、雷の虎を見た気がした。
バチバチと雷を弾けさせながら、己の牙で獲物を食い破るのを待ち望んでいる飢えた虎だ。 手に取ってみると先ほどまで爆ぜていた雷は一瞬のうちに消え、美しい紫の刀身が、キラリと俺の姿を鏡のように映し出す。
「雷剣『独虎』、と呼んでいただけたら」
「……」
俺が剣を差し出すとジュリアさんは何も言わずに、それを受け取った。
剣をためつすがめつ眺めてから、こくりと頷く。
「古代文字を使ったので少々ピーキーにはなっているかもしれませんが……少なくとも前より弱いということはないはずです」
「ラック殿、あなたは、一体……?」
ジュリアさんの問いに、俺は自分の唇を人差し指で押さえることで答えとした。
約束を思い出したのか、彼女は口を噤んでへの字に曲げる。
「どうでしょう、これを使えば盗賊は倒せるでしょうか?」
軽く剣を振り、調子を確かめてから……彼女は笑った。
「――ああ、鎧袖一触だよ」