「一番近くの街まで行くのに結構時間がかかるから、待っていてくれてもいいぞ?」
「いや、何もしないのは流石に気が済まない。できれば同行させてくれるとありがたいんだが……」
「それならそれで、もちろん構わないぞ」
 それなら問題はないということで、俺はシュリとジルに新たにビビを合わせた三人と一匹の即席パーティーで森を下りていくことになった。
 ビビが背中に背負っているのは、特殊な形状をした弓だ。
 見たことがない複雑な形をした弓だ。恐らくは複数の動物の筋肉辺りをねじって作った合成弓なのだろう。
 その名はエルフィンボウ。
 コンパクトなサイズにもかかわらず大弓以上の飛距離を出せる、エルフ達が独自の製法で作っている弓らしい。
 鍛冶師としての自分が正直なところバラして中身を確かめろとしきりに訴えかけてきていたが、努めて無視する。
 エルフィンボウはエルフの誇りなのだと言われてしまえば、我慢する他ない。
 ……あっ、そうだ。
 弓を見てようやく思い出した。彼女に武器をあげるんだった。
 俺は『収納鞄』からあるものを取り出して、彼女の前に出す。
「ビビ、これを使ってくれ」
「……マジックバッグだと!?」
「ああ、俺が作った」
「作った!? ラックが!?」
「今それはいいだろ、大事なのはこっちの方だ」
「これを、何に使えと……?」
「何って……もちろん戦闘にだよ。今俺が出せる一番強い武器は、間違いなくこの二つだからな」
「武器って――これ、包丁とフライパンじゃないか!!」
 そう、俺がビビに出したのは――俺が山暮らしをするようになってから作ったあのオリハルコン製の包丁とフライパンだった。
 ……いや待て、落ち着いてくれ。
 まずは一旦、俺の話を聞いてほしい。
 俺は作った武器は、実戦で使われてこそ最も輝くと考えている。
 そのためリアム達の専属鍛治師になってからは、オーダーメイドの一点物しか作っていなかった。
 なので俺の手元には、武器と言えるものの在庫がほとんどないのだ。
 強いて言うのなら、俺の腰に提げている聖魔剣のプロトタイプである短剣は武器と言えるだろう。
 ただこれは、俺が使うためにちょっと……いや結構なカスタマイズを加えている。
 そもそも古代魔族文字を弄ることができる人間しかまともに使うことはできないため、人に使ってもらうには危険度が高すぎる。
 となると今渡すことができるのは山に来てから俺が鍛冶で作った金物……包丁・鍋・フライパンに解体ナイフの四つになる。
 魔鉄を使って大したエンチャントをつけられていない解体ナイフと、『圧壊』を鍋の内側に発動させることしかできない鍋を除くと、選択肢がこれしかなかったのだ。
 俺だって作れるものならきちんとしたものを作ってあげたかった。
 ……いや、もちろん包丁とフライパンがきちんとしてないなんて言ってないぞ。
 趣味の領域に足を突っ込みながら作ったこいつらの効果の高さは折り紙付きだ。
「包丁と……」
 ビビは俺がソッと手渡した包丁の柄を握り、
「フライパン……」
 その後に手渡したフライパンのグリップを確かめる。
 ビビがカッと目を見開く。
「これでどうやって戦えばいいというんだ!?」
「どうってその……食材を解体する要領でだな……」
「ピイイッッ!!」
 要領の得ない話をしているうちに、草むらの中から魔物が飛び出してきた。
 やってきたのはハインドバードという鳥型魔物だ。
 大きな叫び声を上げて他の魔物達を呼び寄せるという、厄介な特徴を持つものである。
 こいつが本腰入れて騒ぎ出す前に仕留めなければ魔物がやってきてしまう。
「と、とにかく切れ味は保証する! 鍛冶師の俺を信じてやってみてくれないか!」
「――ええい、ままよっ!」
「それ実際に口にしている人、初めて見ました!」
 内心でシュリと同じことを思っていると、ビビがハインドバードへと駆けていく。
 彼女は指呼の間まで一瞬で近付くと、前傾姿勢になりながらハインドバードの首筋へと斬撃を繰り出した。
 すると……。
「ピイイイイイッッ!!」
 彼女は斬撃を放ったはずなのだが、まるで何事もなかったかのようにハインドバードが叫び続けている。
「な、なぜだ!? 攻撃はたしかに当てたはずだぞ!?」
「ラ、ラックさん、どうなってるんですか!?」
 こちらを見る二人に対して俺は……黙って頷いた。
 俺の見た限りでも、たしかにハインドバードへ斬撃は当たっていた。
 つまりどういうことかというと……。
「ピ、ピイ……?」
 するりと、ハインドバードの首が胴体からズレていく。
 そしてそのまま……ストンと首が地面に落ちる。
「オリハルコン包丁の切れ味が良すぎたせいで、ハインドバードが斬られたことに気付かなかったんだ」
「な、なんなのだ、この高揚感は……」
 包丁をジッと見つめるビビの頬は、なぜだか少し赤くなっていた。
 彼女はその熱い視線をフライパンにも向けていき、そのまま包丁とフライパンをぶんぶんと振り回し始める。
「もちろんビビの確かな腕あってのことなのは間違いないけどな。俺が斬ったとしても、ただ即死させていただけだろう」
「そういうものなのか……って、オリハルコンだと!?」
「……? ああ、その包丁は完全にオリハルコンだぞ」
 オリハルコンの加工はさほど難しいものじゃない。
 そもそもオリハルコンの融点まで耐えることができる炉を用意するのはたしかに難しいが、それさえできればいいのだから性能のいい炉さえ作れればオリハルコン製の武具はわりかし簡単に作れるのだ。
 ただオリハルコンをきちんと魔力鍛造しながら魔力情報を打ち込んでエンチャントを作るのはかなり難度が高いから、そっちに驚いたならまだわかるんだが。
 何せこれが俺もできるようになるまでにかなりの量のオリハルコンを駄目にしてしまった経験があるからな……。
「オリハルコンはドワーフ達がどれだけ頑張っても加工できなかった伝説の金属だぞ!? 当然ながら我々にも加工技術はない」
「……そうなのか? 俺は普通に加工ができるが……」
「人間の技術は、我々が里の間に閉じこもっている間にここまで急速に進んでしまっていたのだな……」
「あ、あのー、神妙な雰囲気を出してるところ申し訳ないのですが……ラックさんがおかしいだけなので、あんまり気にしなくて大丈夫だと思いますよ」
「ほっ、そ、そうか……」
 シュリの説明にほっとした様子のビビを見ながら、顔をしかめる。
 俺がおかしいだけ……?
 オリハルコンの加工ができるのは当たり前のことではないのか……?
「ちょっと聞くのが怖いんだが……ちなみにこの柄は、何でできているんだ?」
「柄はえっと……持ってきてもらった魔王城に生えていたキングエルダートレントを使っている」
「キングエルダートレントだと!?」
「……何をそんなに驚いてるんだ?」
 キングエルダートレントは、トレント材の中でも特に癖が強いため使うまでにはかなりのコツがいる。
 ただ魔道具を使ってしっかりと温度と湿度を調整してから作れば、『自動修復』を使わずとも活性化して傷を治してくれたり、刃分と完全に一体化してくれたりと色々と便利なところが多い。
 リアムが持ってきてくれたんだがこの木材はとにかくデカくてな。
 樹齢何千年とかそういうレベルの超のつく巨木で、ぶっちゃけると俺の一生で使い切れないくらいに大量にある。
 なので気合いを入れて鍛冶をする時には、積極的に使うようにしているのだ。
「ラック殿と一緒にいると、自分の常識が音を立てて崩れていく気がするよ……」
「わかります、ビビさん」
「おお、わかってくれるか、シュリ殿」
「どうか私もシュリと」
「そうか、ではシュリと。多分だがシュリとは今後も、仲良くできそうな気がするからな」
 気付けばシュリとビビの間に友情が育まれていた。
 そのかすがいになっているのが俺なのがどうにも納得がいかないが、仲良くなってくれたなら良しとしておこう。
「ラック殿、ちなみにだが、この包丁についているエンチャントを教えてもらってもいいだろうか?」
「それにつけてるのは『絶対切断』だな。すまない、本当ならもう何個かは効果をつけるつもりだったんだが……」
「――『絶対切断』だって!?」
「ちなみにフライパンには、『概念防御』がついてるんですよ、ビビ」
「『概念防御』!?」
 素材で驚かれたのは意外だったが、ついているエンチャントで驚かれるのは自分の腕を褒めてもらえているようで、なんだか嬉しい気分になってくるな。
 何かある度にものすごい勢いで驚いているビビと一緒に森の中を歩いていく。
 どうやら彼女は今のうちに使用感に慣れておきたいらしく、道中でエンカウントする魔物達と積極的に戦闘を行いながら戦いの経験値を稼いでいた。
「馴染む……驚くくらい良く手に馴染むぞ!」
 ビビの包丁とフライパン捌きは、戦いを一つ経る度にどんどんと見事になっていった。
 見ているこちらが恐ろしくなるくらいの成長具合だ。
 天稟――そんな言葉が頭をよぎった。
 ビビは間違いなく、包丁とフライパンの扱いに関して天賦の才を持っている。
 稀にだが、こんな風に自分とぴったりと合う武具を身に付けた戦士は驚くほどの速度で強くなっていくことがある。まさかリアムの時に見て感じたあの感覚を、また味わうことができるとはな……。
 ビビに細かく話を聞きながら包丁とフライパンの微調整をしながらも移動していく。
 だがすぐに呼吸が荒くなり、足に痛みを覚えるようになった。
「ぜえっ、ぜえっ……」
 俺の身体能力は、このメンバーの中でダントツに低い。
 狩りをして生活している二人と一匹と基本的に店や小屋の中でずっと物作りをしているだけの俺とでは、そもそもの基礎体力が違ったのだ。
「ラック殿にもできないことがあるんだな……」
「そりゃあ、そうだろう……」
 途中からは明らかに俺に合わせて全体のペースが落ち始めてしまったため、俺はジルの背中に乗ることにした。
 鞍を取り出して装着すると、明らかにサイズが合っていなかった。
 どうやらジルはまだまだ幼生らしく、成長スピードがめちゃくちゃに早いらしかった。
 待たせるわけにもいかなかったので革と木を使ってサクサクとクラフトをして新しい鞍を作る。
 今回は成長しても問題がないよう、ベルトにいくつか穴を打って微調整ができるような形にさせてもらった。
「い……一瞬で鞍が!? もうなんでもありか!?」
 ビビはまたしても、飛び跳ねるように驚いている。
 なんでもありなわけがないんだが。
 鍛冶なら性能はわりと自分が好きなようにいじれるが、少なくともクラフトに関してはかなり制限も多いしな。
 というわけでジルの背中に乗ってからは移動は一気にサクサクと進んでいき、俺達はあっという間に最寄りのウィチタの街へとやってきた。
 そして俺はそこで、予想していなかった人物と再会するのだった――。