ーーー 「ただいま」

妙な気恥ずかしさと共に扉を開けて、おそらくリビングに居るであろう母を目掛けて、そう声がけをする。

その声に反応して、パタパタという乾いたスリッパの音が、リビングから現れる。

「おかえり〜!」

約1年以上ぶりの帰省に、心を浮つかせてくれているのは、表情ですぐに感じ取る事が出来た。

それがまた気恥ずかしくて、顔を逸らし靴を脱ぐ。

「かなちゃんとは会えた?」

「え? う、うん。駅に迎えに来てくれてたから」

「そう。久しぶりに会えて良かったわね」

「うん」

母は知らないであろう、混沌とした気持ちを隠し、適当な返事をする。

それから母は、息継ぎを忘れるかのように、僕の近況を聞いたり、ゆったりと移り変わる地元話を繰り出してくる。

昔なら鬱陶しく思ってしまっていたそれすらも、今は安心感すら覚える。

「そうそう。今日は、唐揚げにするからね」

母の手料理の中でも特に好きな献立だ。それだけで、子供心を擽るように嬉しくなる。

「あっちじゃ、揚げ物なんてしないでしょ?」

「まぁね。片付けも面倒くさいし、惣菜を買った方が安いしね」

「そうよね。食べたいものがあったらいいなね」

「うん」

毎回、僕の帰省後の夕食は、パーティーでも催すのかというほど、豪勢な食卓となる。

そこからも、母からの愛をひしひしと感じる。

「それにしても」

すると、母が急に僕を見つめ目を細める。

「あなた達も、もう結婚するような歳になるなんてね」

母は、リビングの本棚から、アルバムを引っ張り出す。

それを僕のいる、ダイニングテーブル上に広げた。

そこに写る、僕とかなちゃんとの、思い出の数々、写真の横には、母の筆跡で、コメントが書かれており、同時に、代木 相馬 2歳。市来 花苗 2歳という歴史も刻まれている。

その市来 花苗という字面に、馴染みと違和感を覚える。

「かなちゃんのドレス姿、見てみたいわね。写真、撮って、送ってもらおうかしらね」

母はまるで、自分の娘かのように、慈しみを含んだ瞳で、アルバムを捲っている。

僕はその光景を、複雑な気持ちを抱えたまま眺めていた。