八十神先輩から別れを告げられ、再構築も無理だと悟って、私のお酒を飲む量は毎晩増える一方だった。
 最近身体が重い。これまで二日酔いなんて滅多にしなかったのに、朝起きるのも怠くて、近頃では肌も荒れぎみだった。
 私まだ二十五なのに。次こそは結婚を見据えてもっといい男を見つけなきゃ。理想をいえばユウキ君との復縁だけど……もちろん会社に復職するか、もっといい条件で彼が再就職した上で。

 ピコン!

 そのメッセージが来たのは、そろそろ寝ようかなとお酒を止めて歯磨きをしていた頃だった。

「やだ、ユウキ君!?」

 私は口の中の泡を吹き出しそうになって、慌ててうがいをしてスマホに向き直った。

 ピコン……ピコン……ピコン……

 間を空けて、メッセージは数通来た。
 どれも長めのメッセージだった。
 ああ……別れてまだ何ヶ月も経ってないのに、この淡々とした文章がもう懐かしい。

 だけど私はそのメッセージ内容に目を疑った。
 ユウキ君からのメッセージはこんな感じで始まっていた。


『後輩の鈴木から、君が俺と別れたいと決めるきっかけになった話をいくつか聞いた。
 もう今さらだが、少し誤解があったように思うので弁解しておきたい。』


 まず、ユウキ君は自分がプロポーズ用に買った指輪のブランドが若者向けだと知らなかったそうだ。
 後輩君に呆れられたり、取引先の仲の良い女社長に罵倒されたりして初めて、私が別れ話を切り出した理由がわかったという。

 また、私がちょっと軽蔑していた彼がお昼に牛丼チェーンばかり通っていたことや、田舎のおばあちゃんから送られてくるお米やお野菜、お惣菜のお裾分けを私が嫌がったことへの彼の考えも書かれていた。


『君も知っての通り、俺は東北の山奥の田舎育ちだ。水と空気の良い場所で採れた米や野菜を食べて育ったから、東京で食べる食事は何も美味しくなかった。
 だから正直、君が行きたがるお洒落なカフェやレストランだろうが、牛丼チェーンだろうが俺には大差なかった。
 だったら安い牛丼でいいと思っていつも同じ店に通っていた。……でもそんな俺を君が恥ずかしいと思っていたなら申し訳なく思う。』

『君に祖母から送られてくる米や煮物を分けようとしたのは、祖母が料理上手で、祖母が手ずから育てた米や野菜の美味さを知ってほしいと思ったから。
 同じ味を共有できたらデートで行く店も自ずと変わるだろうと期待していた』


 はっきりとは書いていないけれど、この文章だと彼は私が行きたがる、お洒落で流行最先端のお店は好きではなかったようだ。

 だから田舎者は駄目なのよ。私はちょっとだけげんなりした。

 続いて、彼の私服がダサいことへの弁解。
 ユウキ君はスーツはピシッと決まっているのに、普段の私服は何を着ても垢抜けなくてもっさり。すごく嫌だった。
 だからいつもデートは、彼がスーツのままの退勤後のアフターファイブが多かった。

 だが、ユウキ君から送られてきた大学時代の私服写真の数々に私は目を疑った。

「どうして。私、こんな格好してるユウキ君見たことない……」

 彼は平均より身長が高いし、学生時代さまざまなスポーツをやっていたこともあって体格も良かった。
 送られて来たのは大学時代、バスケサークルに所属していた頃のものだろう。ストリートバスケなのかな。赤いチェックのネルシャツの上に黒いパーカーを羽織って、足元には有名メーカーの黒いバスケットシューズ。写真はサークルの仲間たちと笑って映っている。
 国産メーカーのジーンズなのは、別れる頃までと同じ。どこにでもいる学生っぽい私服だけどデザインや色の組み合わせがすごく良い。似合っている。


『仕事が忙しくなってきて、海外に出られず学生時代ほど服を選ぶ時間が取れなくなっていた。適当に量販店でばかり買っていたのが悪かったんだな』


「海外……?」

 私は寝酒に飲んだワインの酔いが一気に醒める気分を味わった。

「そうだった。ユウキ君、ご両親が海外移住してて子供の頃から海外経験があったって言ってた……」

 学生時代は、外資企業にお勤めのお父様の赴任先によく遊びに行っていたと言ってたっけ。

 そして続きのメッセージは。


『古臭い考えだと思うかもだけど。君がプロポーズを受け入れてくれたら、その後に給料三ヶ月分の指輪を一緒に、君の好きなブランドショップまで買いに行く予定だった』

『それこそ、銀座通りのお店の。○○○○でも。△△△でも』

『もう終わってしまったから結果論だが。
 君に選ばれなかったことを残念に思う。八十神とお幸せに』


「うそ、うそ、じゃあ私がしたことってなに? あのまま付き合ってたら私は……!」

 泣きながら私は再縁希望のメッセージを入力して送信した。けれど、どれだけ待っても返信がない。それどころか。

「ど、どうして? 既読が付かない……?」

 彼がメッセージを送ってきてからまだ十分も経っていない。
 付き合っていた頃は既読はすぐ付いたし、返信も数分以内に必ずあった。
 私はすぐ答えに思い至る。

「ぶ、ブロックされてる……?」

 それから何度もスタンプを送った。
 彼が可愛いねって褒めてくれた『ホナミちゃんスタンプ』で「ホナミちゃん仲直りしたいな☆」「ホナミちゃんさびしい……」「ホナミちゃん連絡ほしいな」「ホナミちゃん電話待ちおっけー☆」……

 どのスタンプにも既読は付かなかった。
 全身から力が抜けていくのがわかった。



 ああ。彼はもう私のことを完全に『過去の女』に変えてしまったのだ。