そろそろ昼も近い。ばあちゃんの手伝いに台所へ行こうとして、

 ピコン!

 スマホが鳴った。画面を見るとコミュニケーションアプリのメッセージだった。お、元後輩の鈴木じゃないか。

 相変わらず異世界と日本はスマホでネットが繋がっている。
 だが時間軸がおかしいのか、メッセージ受信の順番がおかしいことがある。日付と時刻を確認すればいいんだが、ちょっと面倒だよな。
 届いたり、届かなかったりはもう諦めている。大事なことは繰り返し再送信するしかない。

 先日、ようやく海外にいる両親とスマホで連絡が取れたばかりだった。うちの両親は早期リタイヤして今はタイのバンコクにいる。
 俺もばあちゃんも村長も勉さんも異世界転移してきたので、行方不明のままにしておくと電気やガス代、ケータイ代などの支払いの問題もあるし、最悪、銀行口座が凍結されかねない。
 親父にはその辺の連絡と処理を頼んでおいた。バンコクにいるのに申し訳ないが、一度帰国して諸々の手続きや面倒ごとを担当してもらう。

 飲み終わったグラス類をお盆にのせて持ち、片手でスマホを操作して立ち上がりかけた。
 だが、鈴木からのメッセージ内容に俺は動揺して派手にお盆を引っくり返してしまった。

 がっしゃあああん

 グラスも水差しも全部お盆から落ちて、残ってた水も畳にぶちまけてしまった。

「おにいちゃ!? だいじょぶ!?」
「だ、だ、だ……だいじょうぶ……」
「じゃないでしょ! あんた何やってるんだ!」

 ユキりんが怒って雑巾を取りに行った。戻ってくるときには、騒ぎに気づいたばあちゃんと一緒だった。

「ユキちゃん? どうした?」

 ばあちゃんがいつもの柔らかな口調で聞いてくれたが、俺はスマホを握りしめてそれどころじゃなかった。

 日本の元後輩鈴木からのメッセージには、俺が元カノから振られた本当の理由が書かれてあったのだ。


『ちーっス、ユウキ先輩(はぁと)
 野口先輩がユウキ先輩のこと捨てた理由判明しましたよ(えがお)
 プロポーズ用に先輩が買った指輪のブランドがダメだったらしいっス。銀座に本店がある高級ブランドじゃなきゃ絶対ダメだったんですって
 意味わかんないスよね、だってその指輪渡す前に振られてるんでしょ?(ぴえん)』


 なん……だと? 銀座に本店って……
 鈴木が参考に添付してくれた写真。そのブランドの鮮やかな水色の箱ならおれでも知ってる。


『まあ先輩のリサーチ不足ってやつですよ
 自分の女の好みも把握してなかったなんて、先輩らしくないポカやらかしましたね(わらい)』


 ま、待ってくれ。た、確かに俺はブランドには疎かった。で、でも、オレがプロポーズ用に買った指輪のブランドはあいつの……くそ、名前はなんだったっけ。
 そうだ野口。野口穂波だ。穂波がよくピアスを着けてる店のものだったんだ。だから同じ店の指輪なら喜んでくれるかなって、そう思って……

 鈴木のメッセージは続いている。


『その程度のクラスの指輪しか用意できない男と一緒になりたくなかったらしいっス
 バカな女ですよねえ(えがお)
 先輩、自分の通帳や証券口座の残高、見せてなかったんですか?笑』

『つまりね、先輩は金のない先が見えてる男だと思われて切られたんですよ
 先輩、あんなにメッシー君とミツグ君がんばってたのにねw(にやにや)』

『先輩には気の毒だけど、あんな女に先輩はもったいないって皆思ってました
 その後の元カノさんの話も聞きます?』


「ゆ、ユキちゃん?」
「おにいちゃ……」
「………………」

 俺は無言でスマホを、今日も着ていた黒のつなぎの尻ポケットに突っ込んだ。
 畳に落としてしまった、幸い割れてはいなかったグラスや水差しをお盆に戻し、ユキりんから雑巾を受け取って濡れた畳を拭く。

 そのまま雑巾やグラス類を片付けてから、後ろで恐る恐る見ていた皆を振り返った。

「ごめん。俺、昼飯いらない。ちょっと頭、冷やしてくるから」
「ゆ、ユキちゃん。暗くなる前には帰ってきなさいよ?」
「……はーい」

 ばあちゃんに力なく返事して、俺は家を出た。
 ああ……どこに行こう。独りでぼんやりできる場所がいいな……