ばあちゃんちに帰ると、慣れてる俺やばあちゃんはピンピンしてたし四歳児のピナレラちゃんも元気いっぱいだったが、――ユキりんが力尽きた。だからカートに乗れって言ったべさ!

 慌てて抱き上げて居間に運んだ。相変わらず軽い。ばあちゃんが小走りに先導してドアや部屋の障子を開けてくれる。

「おにいちゃ、こっち!」

 ピナレラちゃんが座布団をささっと三枚並べてくれたので、そっとユキりんを降ろして寝かせる。この機転の良さ、良い嫁っこになるぞう。
 意識はあるようだが顔が赤い。熱が出ているようだ。

「ユキちゃん。この子、足の怪我からバイキンが入ったのかもしんねえ」
「うわ、こりゃひどい」

 そうだ、ユキりんは発見したとき裸足だったんだ。温泉に入った後は男爵の屋敷の外履きを借りて、ここに来るまでもそれを履かせてたんだが。
 ……ユキりんの足の裏は半ばずる剥けて、傷口に土や砂が入り込んでしまっている。そっか、温泉で洗っただけじゃ取れなかったか。
 美少年の白い肌にドキドキして、しっかり全身をくまなく洗い残しチェックしなかった俺はほんと馬鹿野郎だ。すまぬユキりん。これより以後は君の頼れる良いお兄ちゃんとなろう、ピナレラちゃんの笑顔に誓う!

 ようやく俺の緩んで腑抜けた頭はシャキッと元通りになった。吹っ飛んだ元カノの顔や声は思い出せないままだったがまあいい。

「ばあちゃん、たらいに水と布巾くれ。あと毛抜き出してけろ」
「んだ、わがった」

 まだ昼間でよかった。嵐の前に閉めていた雨戸を開いて庭へのガラス戸も開けて、そーっとユキりんを座布団ごと縁側に引っ張り、足裏に太陽の光が当たるようにした。
 明るい陽の光で足の裏の皮膚の下に入り込んだ汚れを取るのだ。

「おにいちゃ。あたちもやる」
「大丈夫か?」
「おくしゅりぬる!」
「よし」

 ユキりんの足裏はなかなかグロかったが、四歳児ピナレラちゃんは意外にも平気だった。……愛か。愛の力なのか(ギリィっと俺は羨ましさに唇を噛み締めた)。いやこんな自然のある田舎暮らしだから怪我に慣れてるんだろう。
 使命感たっぷりのキリッと引き締まった顔で、ばあちゃんから受け取った新しい濡れ布巾でユキりんの足の爪の間を細かく拭っている。

 さて俺は毛抜きを片手に、皮膚の間に入り込んでしまってる土や砂を地道に取り除いていく。
 先が鋭く尖ってるタイプの毛抜きで良かった。ピンセット代わりにして皮を少しずつ剥いて、あるいは切りながら。……これユキりん意識なくて良かったな、めちゃくちゃ痛そう。失神した今も小さく呻いてるからよほどだ。

 たっぷり一時間かけて処置も終わる頃、ユキりんが意識を取り戻した。

「なに? い、痛い……っ」
「待て動くな! 消毒して包帯巻くまで動くな!」

 このまま畳の上を歩かれたらまた傷口が広がっちまう。つい怒鳴ってしまったが許してほしい。

「おにいちゃ。だんしゃくさまからこれ」
「これって……」
「どいなかむらの、とくしゃん。ちゅうちゅうポーションなのだ!」

 中級が〝ちゅうちゅう〟になってるピナレラちゃんに俺は悶えた。
 得意げに胸を張るピナレラちゃん。やはりぽんぽんのお腹のほうが前にぽよんと突き出ている。はあああ、めんこいなやあ。
 次からはスマホでピナレラちゃんを撮影しようそうしよう。

「これはどうやって使うんだい?」
「まじゅは、きじゅぐちにぬりぬり」
「ふむ」

 うつ伏せになって痛みにふるふるしてるユキりんの片足を取って、改めて足裏を見る。
 一度その足を下ろして縁側の床に戻し、そこにピナレラちゃんが小瓶からポーションを数滴垂らした。
 ユキりんが悲鳴をあげた。そりゃ染みるだろ。

「ぬりぬり。ぬりぬりなの」

 ちゃんとたらいの水で一度両手を洗ってから、ピナレラちゃんは傷だらけのユキりんの足裏にポーションを手のひらで伸ばし、塗り込めていった。

「う、うう……っ」

 やはり痛いのだろう。ユキりんが呻いているが、幼女に文句は言えまい。座布団に顔を埋めて耐えている。
 だが、あるときを境にユキりんの荒い呼吸が穏やかになった。

「ぬりぬりおわったら、のみましゅ。ユキリーンちゃ。のむ」
「ほい、ストロー」

 ばあちゃんナイス。箱買いした栄養ドリンクで余らせがちな針みたいに細いストローを、ポーションの小瓶に突っ込んでうつ伏せのままのユキりんに吸わせた。チューチューと。

「……ぷはっ、治った……もう痛くない!」
「治った、じゃない! なんで男爵の屋敷で言わなかった、あんな足のまま歩いてたら悪化するのはわかりきってただろうが!」
「だ、だって……」

 ちゃんと釘を刺しておこうと厳し目な声を出した俺に、ユキりんのアメジストのお目々はあっという間に潤んだ。

「なんでって。い、言えるわけない、あんな不審者みたいに発見されて、奴隷商から逃げ出してきたなんて厄介者なのに。お風呂も入れてもらって食事まで食べさせてもらったのに。わがままなんて、言えなかった……!」

 そこでもう緊張の糸が切れてしまったんだろう。わんわん泣き出した美少年に俺は慌てて、ばあちゃんはびっくり顔。

 ピナレラちゃんはといえばユキりんの前に仁王立ちして、すごくしかめた顔になっていた。

「ユキリーンちゃ! いたいいたいのだまってりゅほうがみんなちんぱいするでちょ!」
「ごめ、ごめんなさいい……」

 幼女っょぃ。ユキりんはピナレラちゃんの剣幕にたじたじだ。

「もう! ユキリーンちゃがあたちをちゅまにしゅるのはじゅうねんはやいね!」

 うん……十年でも早いよね。いま四歳で十年後はまだ十四歳だべ。

「ちかたないから、あたちがユキリーンちゃのおねえちゃになりましゅ!」
「えっ」
「そうだな……一番上のお兄ちゃんが俺、二番目のお姉ちゃんはピナレラちゃん。末っ子はユキりん、君だー!」
「……僕、何に巻き込まれてるんだろう……?」

 決まってる、ピナレラちゃんの『お姉ちゃん覚醒』にだ。
 末っ子弟認定されたユキりんは呆然としていたが、ばあちゃんは一連の流れが面白かったようでクスクス笑っていた。
 ピナレラちゃんは自分より大きな〝弟〟ができてご満悦。何も問題はない。



 というわけで。

「今日からピナレラちゃんはピナレラ・ラーク・御米田。ユキりんはユキリーン・御米田。あれ、おうちの名前は?」
「………………」

 ユキりんはだんまりだ。そんなに言いたくない理由でもあるんだろうか。
 ちなみにラークはピナレラちゃんの亡くなった両親のおうちの名前である。この国は平民でも家名があるそうなので。

 ――かくして、俺とばあちゃんには異世界幼女と異世界美少年の家族ができたのである。