社内コンペで優勝した僕、八十神アキラだったが、有頂天な気分はそう長くは続かなかった。
御米田から奪った企画は、テーマこそ会社側からコンペ用に指定された同じもの。だが一から僕自身がリサーチして作り上げたものでは、当然ながらない。
そのため、そこからは毎日の睡眠時間を削り、朝はいつもより一時間早く起きて、御米田の企画書の理解と分析に明け暮れることになった。
あの男……改めてあいつの企画書を読み込んでみると、着眼点の鋭さと緻密さに恐れを感じるほどだった。
僕はこの元の企画書が想定したものより華々しい成果を出さなきゃいけない。
当然、御米田から奪ったトロフィー女とのデートどころじゃない。最初はまめに対処してたが、……だめだ面倒くさい。
不満を何度かぶつけられたが、元々御米田のモノというだけの興味しかなかった女だ。
毎日、アフターファイブに食事でもと誘ってくる女に、優しい言葉と態度で「ごめんね、コンペの後から忙しくて余裕がないんだ」と宥めるのもそろそろ億劫になってきた。
付き合い始めてわかったが、あの女ものすごく面倒くさい。むしろ僕がこれまでの人生で避けてきたタイプだ。
スマホのメッセージの返事を返さないだけで機嫌が悪くなるし、スタンプだけで返事すると「気持ちが感じられない」と言ってやはり不機嫌になる。どうしろというんだ。
そのくせ自分からの返信は自分の名前が入った『ホナミちゃんおこだよ!』とか『ホナミちゃんさびしい……』なんて文字入りスタンプで自己主張してきやがる。
なんなんだこの生き物……? 御米田はよくこんな女と何年も付き合ってたな?
コンペ優勝してゴールデンウィークが明けた後は、企画書内容を前提とした今後の社内プロジェクトの実行委員を任されることにもなった。
栄転でタイのバンコク支社長になるなら、英語だけでなくタイ語の勉強も必要だ。新しいスーツも必要になる……
「くそ。時間が足りない。……金も、足りねえ」
僕は自分のアパートの室内を見回し、雑多だが高価な物で溢れた1LDKの部屋に溜め息をついた。
質屋に持っていけば簡単に換金できるが、高額で売るならフリマアプリへの出品だろう。だなそのための時間すら取れていない。
北区赤羽の飲み屋街近くのアパートで僕は深い溜め息をついた。
大学時代、僕は六本木でホストのバイトをしていた。その頃の客が今でも高級ブランド品を寄越すので持ち物が派手なのだ。
アメリカ発の最新のスマホにタブレット端末、ノートパソコンもすべて客から贈られたものだ。
だがここ二年ほどで客たちとの縁が切れて、プレゼントも小遣いもなくなった僕は金に困り始めた。
新卒で入社した総合商社の給料は良かった。けどまだまだホスト時代の収入には及ばない。……僕は生活をホストから会社員に切り替えなきゃいけなかったのに。
顔だけは良かったから女を途切れさせたことはない。中には頼みもしないのに貢いでくれる女も多い。
けど今は時間がなくて、あの金のかかる面倒な御米田の元カノだけだ。カフェもファミレスもチェーン店は絶対に嫌と言い張るから店のリサーチも面倒くさくなってきた。
「取引先との接待も増える。バンコクに行くならスーツも靴もビジネスバッグも新調しないと。支社長に相応しい品格となると……」
僕にはイタリア系の柔らかな縫製のスーツが似合う。北イタリアの生地はやはり良いと思う。
だがやはり金がかかる。またカードローンを使うしかないか。辛うじてまだリボ払いには手を出していない。
「時間があれば、またバイトに行くんだが」
今年二十八の僕はキャバ嬢と同じでもう〝オジサン〟扱いだが、店のランキング上位には入れなくても太客さえ掴んでしまえばいいのだ。
「例の化粧品会社の社長の接待は……二日後か。東銀座の料亭だったな」
上手いこと口説き落としてパトロンにできないだろうか。僕の射程範囲は二十歳から七十代でもいける。落としてきた自負がある。
「あーくそ、港区のタワマン一室プレゼントしてくれる頭と股と財布の紐の緩い女が欲しい!」
ダメだ、もう頭が働かない。シャワーは明日にして仮眠を取ろう。
ピコン!
ベッドに入る寸前、スマホが鳴った。同じ部署のお局様からのメッセージだった。
『八十神さん、見てこれ!
御米田君、会社辞めて野口さんと別れたの田舎の隠し子と暮らすためだったって!』
「……は?」
野口は例の御米田の元カノのことだ。
それはともかく、添付された写真が……どう見ても日本人以外の血の入った幼女を腕に抱いた御米田のドヤ顔。
「どういう……ことだ? あいつは僕にコンペで負けて、女も取られたから尻尾を巻いて退職したんだろう……?」
この幼女の顔なら母親は間違いなく美人だろう……
その夜、僕は目を閉じても写真の御米田のイラっとくるドヤ顔が浮かんで眠れなかった。
御米田から奪った企画は、テーマこそ会社側からコンペ用に指定された同じもの。だが一から僕自身がリサーチして作り上げたものでは、当然ながらない。
そのため、そこからは毎日の睡眠時間を削り、朝はいつもより一時間早く起きて、御米田の企画書の理解と分析に明け暮れることになった。
あの男……改めてあいつの企画書を読み込んでみると、着眼点の鋭さと緻密さに恐れを感じるほどだった。
僕はこの元の企画書が想定したものより華々しい成果を出さなきゃいけない。
当然、御米田から奪ったトロフィー女とのデートどころじゃない。最初はまめに対処してたが、……だめだ面倒くさい。
不満を何度かぶつけられたが、元々御米田のモノというだけの興味しかなかった女だ。
毎日、アフターファイブに食事でもと誘ってくる女に、優しい言葉と態度で「ごめんね、コンペの後から忙しくて余裕がないんだ」と宥めるのもそろそろ億劫になってきた。
付き合い始めてわかったが、あの女ものすごく面倒くさい。むしろ僕がこれまでの人生で避けてきたタイプだ。
スマホのメッセージの返事を返さないだけで機嫌が悪くなるし、スタンプだけで返事すると「気持ちが感じられない」と言ってやはり不機嫌になる。どうしろというんだ。
そのくせ自分からの返信は自分の名前が入った『ホナミちゃんおこだよ!』とか『ホナミちゃんさびしい……』なんて文字入りスタンプで自己主張してきやがる。
なんなんだこの生き物……? 御米田はよくこんな女と何年も付き合ってたな?
コンペ優勝してゴールデンウィークが明けた後は、企画書内容を前提とした今後の社内プロジェクトの実行委員を任されることにもなった。
栄転でタイのバンコク支社長になるなら、英語だけでなくタイ語の勉強も必要だ。新しいスーツも必要になる……
「くそ。時間が足りない。……金も、足りねえ」
僕は自分のアパートの室内を見回し、雑多だが高価な物で溢れた1LDKの部屋に溜め息をついた。
質屋に持っていけば簡単に換金できるが、高額で売るならフリマアプリへの出品だろう。だなそのための時間すら取れていない。
北区赤羽の飲み屋街近くのアパートで僕は深い溜め息をついた。
大学時代、僕は六本木でホストのバイトをしていた。その頃の客が今でも高級ブランド品を寄越すので持ち物が派手なのだ。
アメリカ発の最新のスマホにタブレット端末、ノートパソコンもすべて客から贈られたものだ。
だがここ二年ほどで客たちとの縁が切れて、プレゼントも小遣いもなくなった僕は金に困り始めた。
新卒で入社した総合商社の給料は良かった。けどまだまだホスト時代の収入には及ばない。……僕は生活をホストから会社員に切り替えなきゃいけなかったのに。
顔だけは良かったから女を途切れさせたことはない。中には頼みもしないのに貢いでくれる女も多い。
けど今は時間がなくて、あの金のかかる面倒な御米田の元カノだけだ。カフェもファミレスもチェーン店は絶対に嫌と言い張るから店のリサーチも面倒くさくなってきた。
「取引先との接待も増える。バンコクに行くならスーツも靴もビジネスバッグも新調しないと。支社長に相応しい品格となると……」
僕にはイタリア系の柔らかな縫製のスーツが似合う。北イタリアの生地はやはり良いと思う。
だがやはり金がかかる。またカードローンを使うしかないか。辛うじてまだリボ払いには手を出していない。
「時間があれば、またバイトに行くんだが」
今年二十八の僕はキャバ嬢と同じでもう〝オジサン〟扱いだが、店のランキング上位には入れなくても太客さえ掴んでしまえばいいのだ。
「例の化粧品会社の社長の接待は……二日後か。東銀座の料亭だったな」
上手いこと口説き落としてパトロンにできないだろうか。僕の射程範囲は二十歳から七十代でもいける。落としてきた自負がある。
「あーくそ、港区のタワマン一室プレゼントしてくれる頭と股と財布の紐の緩い女が欲しい!」
ダメだ、もう頭が働かない。シャワーは明日にして仮眠を取ろう。
ピコン!
ベッドに入る寸前、スマホが鳴った。同じ部署のお局様からのメッセージだった。
『八十神さん、見てこれ!
御米田君、会社辞めて野口さんと別れたの田舎の隠し子と暮らすためだったって!』
「……は?」
野口は例の御米田の元カノのことだ。
それはともかく、添付された写真が……どう見ても日本人以外の血の入った幼女を腕に抱いた御米田のドヤ顔。
「どういう……ことだ? あいつは僕にコンペで負けて、女も取られたから尻尾を巻いて退職したんだろう……?」
この幼女の顔なら母親は間違いなく美人だろう……
その夜、僕は目を閉じても写真の御米田のイラっとくるドヤ顔が浮かんで眠れなかった。