「おらはベントリー・ウェイザー。元は王家の親戚だ」
「記録にお名前が残っております。この領の当時の騎士団長閣下ですね」

 そう思って彼を見れば、記録された人物特徴が一致する。髪の色、背格好、やや四角ばった顎の形、きつめの口調もだ。しかし足を悪くした痩せぎすの姿は苦労した生活を思わせ憐れみを覚えるほどだ。
 ウェイザー家はかつて王女の降嫁した筆頭公爵家だ。だとすると残りの三人は……?

「清治は元神官。名前はセージ。まあそのまんまだ。遠縁だから目ん玉の色は黒くない。だが王家の血を引いとる」
「クウさんとユウキ君もですね?」
「空さんはクーティア・アルトレイだ。ほんとならおらたちのご主人様だ」

 やはり。かつて神隠しに遭って行方不明のままの大公令嬢。当時の王弟のご令嬢で、間違いなく王家の姫君だ。

「ユウキは空さんの孫だが魔力が強い。それを利用して、こちらの世界に戻ってきだんだ」

 ベンの話を要約するとだ。
 約百年前、当時この地にあったダンジョンに大公令嬢クーティアが迷い込み、彼女の護衛だった騎士団長のベントリー、教師だったセージが後を追った。
 令嬢を発見できたはいいが、戻れなくなった。
 しかも転移したとき三人全員が元の年齢より若くなって転移したという。
 それどころか、異世界〝ニホン〟に辿り着いた時期も年単位でバラバラだったそうだ。

「本当ならおらが一番年上、次がセージ、クーティア様はまだ幼な子だったんだ。逆になっちまっただ」

 そこから三人は孤児として現地それぞれの一般人に引き取られ、もなか村の村民として現在まて生きてきたということだった。

「もうアケロニア王国に戻るのは諦めてただ。けんど、村民がおらたち以外おらんくなって、欲が出た。もなか村の土地の力を使って、セイジが覚えとった空間転移魔法の研究を進めとったんだ」
「土地の力、ですか?」
「あっちの世界では龍脈、ドラゴンパワーラインと言っとった。おらたちに言わせりゃ〝魔力の豊富な土地〟てだけだが」

 この異世界転移術はベンとセイジ主導で、クウには話だけはしてあるそうだ。その孫ユウキ君にはこれから説明するつもりだということだった。

「しかし、だということはニホンなる異世界には他にもあなたがた王族の末裔が転移したと?」
「多分な。古い時代から互いに交流してた形跡があったべ。けんどおらたち三人を境に日本へやってくる者はおらんがった」
「こちら側のダンジョン崩落のせいでしょうね。もなか村側の次元の扉もダンジョンだったのですか?」
「神隠し伝説は洞窟だ。祠がある。だけんどもなか村にはもっと大事なものがある」
「他にも?」
「もなか村には龍脈が通ってる。その龍脈を集める媒体に、おらたち異世界人の遺骨が魔石代わりに使われたんじゃねえかって。だからいちばん重要なのは、――遺骨が集まった墓地だ」

 私は思わず息を飲んだ。なんということだ。それは、その仕組みはまるで!

「ベン! それは禁じられた呪術だ!」
「そんだ。龍脈の力を遺骨にまとわせると、同じ血筋の子孫に福徳の恩恵が流れる。でもな、おらたち一世代目の異世界人ならともかく、現地人と交わった子孫たちはもう最初の呪術もなんも知らんのだ」

 自力で異世界転移の術式を作り上げたことといい、さすが優秀で知られたアケロニア王族、と私は舌を巻く思いだった。

「もしや。ニホンにあなたがたやこの世界の人間が転移してしまうのは、魔力を狙った誰かが意図的に……?」
「古い時代に、多分な」

 だがもうその仕組みを知る者もおらず、もなか村の力に気づいたかつての支配者たちも、いくつかの先祖の墓参りにくるぐらいだったそうだ。

「やはり、そこまでして……この国に、還りたかったのですか」
「本音を言うとそれほどじゃねがった。クーティア様も現地人とご結婚なすってご子息たちも儲けられてたし。けんど龍脈に絡め取られた魂が土地に縛られとったから。祖国に還してやりてえなってずっと思ってたんだあ」

 ということは、この人たちは。

「もう、元の世界に戻るつもりはないんですね」
「んだな。まあ、ユウキはわからん。あれはまだ若い。戻るなら、もなか村の龍脈管理を教え込んでおかねえと」

 ベンの話を聞き終えて、私は深い溜め息をついた。一緒に聞いていた薬師の部下も同じだ。

「国に、なんと報告したものか」

 事実をありのまま報告するしかないんだろうな……

 薬師小屋の外は強い風が吹き始めている。今日は午後から嵐になるだろう。