夜空に黄金龍の残した輝く軌跡も消えて。
 俺は調子に乗って、日本の男性演歌歌手が田舎を愛嬌たっぷりに歌い上げた某名曲の即興の替え歌を歌って披露した。
 東京で会社勤めのとき、社内の東北出身の上司が全員カラオケの持ち歌にしていたやつだ。
 俺も普通にど田舎出身者なので、教養として掛け声や合いの手込みで再現率高く歌えるのだぜ。

 これがまた大ウケ。
 ばあちゃんたちも、男爵やピナレラちゃんたちど田舎村の人たちも喜んでくれたものだから、『俺、異世界へ行くべ』を調子に乗って振り付きで十回は歌った。

 うっ。最後のほうはもう飲んだワインのアルコールが回りきってて歌詞を忘れてしまった。
 鼻声でなんとか誤魔化して、おしまい……

 今日はもうおやすみだべさ。
 続きはまた明日以降に考えよう。



  * * *



 コンペ優勝してからというもの、社内や所属する企画部での僕、八十神の評価は高まるばかりだ。
 今日は始業すぐに上司に呼ばれて、「お得意様の接待を任せたい」と頼まれていた。

 今までも個人的に取引先の接待を計画することはあったが、今回は特に大物だ。
 僕が支社長として赴任することになるバンコクの化粧品会社の社長相手だという。
 日本の場合、化粧品は薬事法の関係で輸入が難しい物の一つだ。今回、社長を接待することで取引に繋げ、ゆくゆくは当社に化粧品部門を新設するノウハウ指導の契約を結びたいとのことだった。

 相手の会社の事業規模を聞いて驚いた。
 中東から仕入れた香水事業部門だけで十億の売上。たった一部門でこれなら、会社全体はどれほどか。これはいろいろと楽しみだ。
 化粧品会社の社長なら女だろうし、多少年上でも僕のルックスで甘い言葉を囁けば……フッ、そろそろ普段持ち歩いてるフランスのメンズブランドのセカンドバッグもよれてきたので新調したいな。

「それにしても、……バンコクか」

 フフッと笑いが漏れた。僕はまだバンコクには旅行したことがなかったが、タイといえばアバンチュール大国。南国で陽気な国民性、恋愛やセックスに積極的な国だと有名である。
 支社長として赴任したら向こうでは僕が現地民たちから接待を受ける立場になるのだろう。
 昨晩、動画投稿サイトで見たルーフトップバーの賑やかさと夜景も素晴らしかった。
 女と区別がつかないほど〝イイ〟ニューハーフも多いとか。僕にそっちのケはないが、一度ぐらい試してみるのもイイな……

 御米田から奪った女は、見た目は良かったが話がつまらないので一通り遊んだら飽きてしまった。
 一度、取引先の接待に付き合わせたら品の良いところが評判良かったんだが、後から「もう絶対にやめて」と強めに反抗されてさらに萎えた。
 まだ付き合い始めて一月も経ってなかったが……面倒そうな匂いがする。早めに切っておくか。



「あ、八十神先輩。ユウキ先輩がいきなり退職だなんて。何かご存知ないですか?」

 後ろからいきなり声をかけられて、僕は計画を呟いていた口を慌てて閉じた。
 ここは社内のカフェスペースだ。振り向くと、御米田の可愛がっていた後輩がいる。確か名前は鈴木だったか。見るからにやる気のなさそうな若者だが御米田はよく面倒を見ていた。

「休み前のコンペで僕が勝ってしまったからね。僕もまさかあいつが会社を辞めるほどショック受けてるとは思わなくて」
「へえ~。あの人、少年漫画の熱血主人公みたいなツラしてんのに、案外メンタル弱かったんスかね」
「ブフォッ。……ね、熱血主人公て。まあ暑苦しい奴だったよな」

 思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。
 今どき一度も染めたことがない真っ黒な剛毛と濃い眉の男だった。昔の少年漫画や昭和の青春ドラマに出てきそうなタイプではある。

「あーあ。よくコーヒー奢ってくれる良い先輩だったんですけどね」
「何だ、懐いてたのは奢ってくれるからだったのか?」
「それ以外あると思います? だいたいあの人、いつも話くどいし彼女のこと惚気るしでウザかったんですよ」

 社内カフェはオールサイズ、ワンコイン百円だ。カフェスペースにはカプセル式のマシンと自販機がそれぞれ数台ある。
 以前はコーヒーメーカーから直接マグカップに注いでいたのだが、衛生管理を徹底するためすべて機械式に変わって使い捨ての紙コップに統一され、管理も業者任せだ。
 チッ、仕方ない。ここはこいつを味方にしておくためにも……

「……コーヒー飲むか?」
「奢りなら喜んで!」

 チョロいな、と思いつつ百円をカフェ用自販機に入れてやったのだった。